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御茶ノ水を離れ、秋葉原へと向かった和心(わこ)たちだったが。 秋葉原の電気街は半壊状態だった。 ビルは崩れ、道路のアスファルトがひび割れているその光景は、ここで戦闘があったことを理解するには十分だ。 それでも秤藤(びんどう)が地下を出る前に口にしていたシェルターのある場所へと進んでいくと、さらに凄惨な光景を見ることになった。 「みんな……くそッ!」 街には死体が溢れていた。 倒れている姿から想像するに、逃げようとしたところ撃たれたのだろうその死体らの表情は、どれも絶望の色に染まっている。 顔をしかめて声を漏らした猫塚を見るに、おそらく彼女の仲間だろう。 シェルターがあった建物も破壊され、猫塚と秤藤の仲間たちは殺されたかまたは捕まって連れて行かれたのだろうと思われた。 肩を落としてその光景を眺めている猫塚に、心陽(こはる)が声をかける。 「猫塚さん……。秤藤さんの顔色が悪くなってます。ここは諦めてどこか治療できる場所へ移動しないと」 「わかってるよそんなことッ!」 猫塚は心陽に乱暴に言葉を返した。 元々粗暴な感じの彼女だったが、さらに気持ちの余裕がなくなっているのだろう。 そのことを察した心陽は、彼女の態度に嫌な気持ちになりつつも、けして言い返したりはしなかった。 それよりも今は秤藤の手当てが先だと、彼女はカートの上でグッタリとしている彼を見て、先を歩きだした猫塚について行く。 一方で和心はまだ放心状態だった。 月花(げっか)が彼女の背中を押しながらなんとか歩いている状態で、放っておけば一歩も動かなくなってしまいそうだ。 「敵が残ってなきゃいいんだがな……」 月花は和心を押しながら周囲を見回している。 そして、彼女は思う。 秤藤はもう助からない。 まだ息はあるが、すでに血を流し過ぎている。 肩の傷は大したことなさそうだったが、腹部のほうは着ている服の色が変わるくらい赤く染め、カートに血が滴っているのだ。 彼のことはもう諦めるべきだ。 「なあ、心陽。秤藤さんはもう……」 「わかってますよ、月花。でも、しょうがない……これはしょうがないことです」 心陽も月花と同じ気持ちだった。 だが、そんなことは口にできない。 それは、そんなことを口にしたら猫塚が何をするかわからないからだった。 正直、今の猫塚と和心は足手まといでしかない。 むしろ不安要素だ。 これならば心陽と月花二人だけで行動したほうが生き残る可能性が高いのは、第三者から見れば明白だった。 それから彼女たちは電気街にあったドラッグストアへと入り、秤藤を乗せていたゴミ収集用のカートに消毒液や包帯を積み込んで、そこで彼の治療をすることに。 心陽と月花は猫塚と和心を残し、周辺に新政府やサロン連合――敵がいないかと、まだ生きている人間がいるかを見るために調べるといって出て行った。 「頑張って平晃(へいこう)。こんな傷、縫っちゃえばすぐに治るんだからね」 針付縫合糸を見つけた猫塚は、秤藤に励ましながら彼の腹を縫っていく。 彼女が縫合している横では、その背中をただ眺めている和心の姿があった。 下の前で呼んでいることから、やはり二人は恋人なのだと、和心は猫塚の献身さをただ眺めていた。 「猫塚さん。経験あるんですか、こういうの」 「あるわけないだろ! でもやるしかないじゃないか!」 訊ねてきた和心に、猫塚は声を張り上げた。 都内は今戦争状態だ。 そんな状況だというのもあって、和心は彼女に縫合経験があると思ったが、どうやらそんなことはなかったらしい。 猫塚は慣れない手つきで、内臓が剥き出しになった傷口を縫っていく。 秤藤から返事がないのが幸いだったといえる。 もし意識を失っていなければ、麻酔なしで傷口を縫合するなど激痛が走って耐えるはずがない。 ましてや猫塚は素人だ。 それでも彼女は秤藤を助けるために、慣れない医者の真似事を続けていた。 その後、なんとか傷は塞がったもののこれで安心はできない。 あくまで猫塚が施したのは応急処置なのだ。 どこかちゃんとした病院なり施設で、医者に診せるなり輸血なりをしなければ助からないことは明らかだ。 「もう大丈夫。あとは血になるもんでも食えばこんな傷すぐに治っちゃうよ」 だが、猫塚は意識のない秤藤に声をかけ続けた。 彼女も秤藤がかなり危ない状態なのはわかっているだろう。 しかし、それでも猫塚は返事のない彼を励まし続けていた。 和心は自分にも何かできることはないかと考えたが。 また猫塚に怒鳴られると思うと、何もできずにただ秤藤に声をかける彼女の背中を見ていることしかできなかった。 そこへ辺りを調べに出ていた心陽と月花が戻って来る。 「生存者がいました」 そういった心陽の傍には、彼女と月花に支えられた女性の姿があった。 秋葉原での戦闘で生き残った人間だろうことはすぐに理解できたが、その女性を見て猫塚が激しく顔を歪ませ、二人に詰め寄って来る。 「この女……新政府のヤツじゃないかッ!」
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