23人が本棚に入れています
本棚に追加
17
目で確認できるほど放電した電気メスを出した触手は、そのままじっと寝ている秤藤たちの頭の上で動かずにいる。
何か嫌な予感が和心たちを襲う中、天井に付けられた医療用AIが音声を出した。
《この者は過去に犯罪歴があります。社会のために処分しましょう。社会のために処分しましょう》
手術室に天井に付けられたスピーカーからデジタル加工された機械の声が聞こえてる。
そして、戸惑う和心たちの目の前で、寝ている男の頭に電気メスが突き刺された。
ビリビリと電気を流された男は、両目を見開いて身を震わせ、放電が終了したと同時にグッタリした。
叫び声ひとつあげることはなかった。
安楽死か何かか。
月花と心陽は理解する。
「なあ、これってやっぱり……」
「えぇ、AIにすべてを管理させるってことは、こうなるということなんですね……」
医療用AIは言葉の通り男を処分したのだと。
この光景には、さすがの新政府に好感を持っていた心陽も激しく動揺していた。
それは月花も同じで、二人は言葉を失っているようだった。
だが、和心は違った。
彼女は手術台で眠る秤藤と猫塚を助けようと、天井に設置された医療用AIに向かってサブマシンガンを乱射。
医療用AIは破壊され、横になっている者たちのところに伸びていた触手のようなコードも、次々と動かなくなっていく。
「うわぁぁぁッ!」
和心は医療用AIを破壊してもサブマシンガンを撃ち続けた。
室内にあったモニターも心電図もすべての機器を破壊していく。
「和心ちゃんッ!」
「おい、もうやめろって!」
心陽と月花が和心の身体に手を伸ばしてを強引に止める。
そして、ようやく彼女は我に返った。
「酷いよ……。あんまりだよ……。こんなのって、こんなのって……」
身を震わせて俯く和心に、二人は何も声をかけられなかった。
しばらくの沈黙の後、心陽と月花は寝ている秤藤と猫塚を連れてこの施設から出ようと言い出した。
和心が無言でコクッと頷くと、爆発音と共に手術室の壁が破壊される。
爆風で吹き飛んだ和心が顔を上げると、手術室は瓦礫で埋もれ、手術台で横になっていた者たちは全員潰されてしまった。
「そ、そんな……。秤藤さんッ! 猫塚さんッ!」
和心が我を忘れて目の前の瓦礫を退かしたが、当然それくらいでは埋もれた者たちを助けられるはずもなかった。
傍にいたはずの心陽と月花も、先ほどの爆発で吹き飛ばされたのか、彼女の周囲から消えてしまっている。
ひとりでやるしかない。
しかし、なんとか秤藤たちを助けたかった和心だったが、彼女の腕力だけでは大きな瓦礫を動かすこともできない。
人ひとりの力では無理だ。
どうすればいいのかとその場で立ち尽くす和心の前に、破壊された手術室の壁から順教寺が現れる。
「君は……!? どうしてこんなところにッ!?」
和心が手術室にいたことに驚いていた順教寺。
外から聞こえる銃声がまだ響いている。
どうやらまだ戦いは終わっていない――いや、さらに激しくなっているようだった。
サブマシンガンを持った順教寺が和心に近づいて来る。
「来ないで!」
和心はそんな彼女に向かって声を張り上げた。
銃口を順教寺へと向けて、離れるように怒鳴る。
「なんだどうしたんだ? この騒ぎで混乱しているのか? 安心してくれ。私は君の味方だよ。さあ、今すぐに銃を下して」
順教寺は足を止めて穏やか声を出しながら和心へと手を伸ばす。
だが、和心はそれでも銃を下さなかった。
まるで親の仇でも見るように睨みながら、戦意のなさそうな順教寺に向かって叫ぶ。
「なんでここにいる人たちを殺すんだよ!」
和心の言葉に順教寺は一瞬だけ顔を歪めたが、すぐに表情を戻して答えた。
医療用AIは新政府の本部と繋がっていて、罪を犯す可能性がある者、または過去に犯罪を犯した者を判別する。
ここは治療を施す場でありながら、裁判所の役割も担っているのだと。
その話を聞いた和心は、さらに顔を強張らせた。
「だからって、何も殺さなくてもいいじゃない!」
「和心、君は誤解している。医療用AIが処分しているのはすべて犯罪者だ。一般人や君のような未成年者にはけして手を出さない。法を犯した者、法を犯す可能性がある者は、裁きを受けなければいけないんだよ」
順教寺は言葉を続ける。
法治国家を維持するためには、日本はもう自由になり過ぎた。
いや、今や世界中がそうだ。
このままでは自由主義経済の崩壊による世界的紛争が始まり、すべての社会から秩序が失われる。
だからこそ世界のリーダーたちはAIに管理を頼んだ。
もう人類は自分たちを管理できる状態ではない。
誰もがエゴを増大し、国境を超えて、それぞれが自らの力で村や町――国を創ろうとしている。
それを止めなければ人に未来はない。
順教寺は先ほどまで穏やか声を出していたが、話を続けているうちに言葉に熱がこもっていった。
両目を見開いて必死で和心に訴えかけている。
だが、和心は彼女を拒否する。
「難しいことはわかんない! けど……人が死ぬのはもうイヤッ! イヤなのッ!」
「私たちだってそうだ。和子、信じてくれ……。私たちも本当は誰も殺したくないんだ。それでも秩序を守るためには、これもしょうがないことなんだよ」
順教寺の説得が効いたのか、和心が構えていたサブマシンガンを下ろす。
そして、順教寺は和心を刺激しないように、ゆっくりと彼女に近づこうとした瞬間――。
「何が誰も殺したくないだ……。ふざけんなよ!」
破壊された手術室の壁から、サロン連合の乱獅子·猛が怒鳴り込んできた。
最初のコメントを投稿しよう!