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19
そういった和心のことを、順教寺と乱獅子は激しく睨んだ。
互いに銃を向け合いながらも和心に狂気ともいえる眼差しを定めたまま、凄まじい形相で歯を剥き出しにしている。
「どちらも正しいだとッ!?」
「ふざけたこといってんじゃねぇよ! こいつらの何が正しいってんだ!」
そして、同時に声を張り上げた。
その後も二人は自分が属する組織の正しさと、相手の間違っているところをがなり始める。
再び始まった舌戦。
罵詈雑言が飛び交う平行線。
何の生産性もない不毛な罵倒のぶつけ合い。
もう和心には順教寺と乱獅子を止めることはできない。
その理由は、これまではどちらの主張が正しいかを論理立てて口にしていたのに対し、今の二人は完全に感情的にものを言い合っている状態だったからだ。
いや、そもそも和心に止められるはずがないのだ。
武器を向け合った違う思想の持ち主を止める手立てなど、それこそ全知全能の神にしかできないことだといえる。
和心たちがいる手術室の外からは、まだ銃声が聞こえている。
戦いはここだけでなく外でも続いている。
助けたかった秤藤と猫塚も崩れた瓦礫の下だ。
和心はもう、何もかもがどうでもよくなっていた。
黙っていても、行動してみても、訴えかけてみても無駄。
目の前で罵り合う順教寺と乱獅子の言葉も聞こえなくなるほど打ちのめされ、和心はその場に崩れ落ちてしまう。
だがそんな和心の耳に、目の前の二人とは違う別の声が聞こえてくる。
それは聞き慣れた動物の鳴き声だった。
男と女の罵倒と外から聞こえる銃声に負けないようにと、鳴いている生き物の必死さが伝わる叫び声だ。
「ハックルベリー……?」
和心はハリネズミの鳴き声がするほうを見ると、そこには破壊された壁に潰されていた心陽と月花が倒れていた。
ハックルベリーは埋もれている二人の傍で、「ここだよ! 早く助けてあげて!」と言いたそうに力強く鳴いている。
そんなハリネズミと心陽、月花を見た和心はハッと我に返り、大慌てで二人の上に覆い被さっている瓦礫を退かそうと動く。
「順教寺さん! 乱獅子さん! 手を! 手を貸してッ!」
そして、いまだに銃を向け合って罵倒を浴びせ合っている二人に助けを頼む。
だが、二人は動かない。
順教寺と乱獅子は心陽と月花を助けようとはしない。
和心がいくら叫んでも無駄だった。
それどころか、ついには銃の撃ち合いを始めている。
「助けが必要な人がいるのに……何やってんだよあの二人はッ!」
和心は、目の前で銃撃戦が始まった恐怖よりも、二人に対しての怒りの感情のほうが勝っていた。
弾丸が飛び交う室内で彼女は怒りながらも、瓦礫に埋もれている心陽と月花を必死に引っ張る。
ハックルベリーも和心の服を口にくわえて引っ張っている。
和心たちが動かした影響か、意識を失っていた心陽と月花が目を覚ました。
二人はうつぶせの状態で手を引かれていることに気が付くと、なんとか背中に乗っている瓦礫から逃れようとしていたが、そう簡単には抜けない。
身をよじっていた二人は、目の前で順教寺と乱獅子が銃撃戦を繰り広げていることに気が付くと、手を引っ張っている和心に言う。
「もういいです。わたしたちのことはいいから、和心ちゃんだけでも逃げてください……」
「心陽の言う通りだ。このままじゃみんな死んじまう。せめてお前だけでも……」
二人は自分たちのことは気にせずに逃げろ言ったが、和心はそんな彼女たちに叫び返す。
「ヤダよッ! 絶対に絶対に二人を助けるんだッ!」
和心が声を張り上げるとハックルベリーも一緒になって大きく鳴いた。
そんな彼女らの声を聞いて、諦めかけていた心陽と月花の目にも光が戻り、掴まれていた手に力を入れる。
なんとか瓦礫の下から抜け出そうもがく。
だが、それくらいでは二人を出すことができず、和心は周囲を見渡して何か瓦礫を支えられるものを探した。
そして、半壊した人工呼吸器を見付ける。
キャスター付きの機器だ。
和心は、それを寝かして二人が挟まれている隙間にへと強引に押し込む。
それから再び手を引き、ようやく心陽と月花は瓦礫の下から出すことに成功した。
「二人とも身体は大丈夫ッ!? どこもケガしていない!?」
心陽と月花を瓦礫の下から出した和心は、二人の身体を心配した。
地震による負傷原因の3~5割が、家具や電化製品の転倒や落下によるものだ。
マンションの高層階であるほど地震の揺れは大きくなるため、家具の下敷きになるリスクも高まる。
無事に瓦礫や家具の下敷きから救出されたとしても、長時間、体が重い物に圧迫されたことで起こる“クラッシュ症候群”の心配がある。
救出直後は軽傷のように見えるのに、数時間後に突然容体が悪化して、最悪死に至るケースもあるのだ。
クラッシュ症候群の症状は、次のようなものがある。
·挟まれていた部分がパンパンに腫れる。
·血尿や濃い茶色の尿が出る。
·挟まれていた部分の感覚がない、または動かない。
·筋肉痛や手足がしびれる。
幸いなことに、心陽と月花にはクラッシュ症候群の症状はないようだった。
和心はハックルベリーを肩に乗せ、自分の足で走れそうだと返事をした二人に笑顔を返した。
再び地震のように全体が揺れ、建物の崩壊が始まる。
それでも聞こえてくる銃声は収まることなく、さらに激しさを増しているようだった。
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