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08
カートを押しながら駆ける和心と、彼女と並んで走るハックルベリー。
その途中で、秤藤と同じように血を流して倒れている者らの姿や、助けを求める人間の声を聞いた。
格好からするに新政府の人間や、一緒に地下にいた秤藤の仲間たちであろう。
和心へと手を伸ばして、呻くように救いを乞うていた。
だが和心は、それらを無視してひたすら走る。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……」
泣きながら駆け抜ける。
今の自分には何もできない。
カートに乗せて運ぼうと思えば運べるかもしれないが、そんな余裕などない。
和心は両親と祖母の顔を思い出しながら、ただ謝り続けていた。
家族から、困った人がいたら手を差し伸べてあげるんだと教えられた彼女だったが、そんなことをすれば秤藤と自分が死んでしまう可能性が高くなる。
力のない自分、弱い自分には、助けられる人間に限りがあるのだ。
罪悪感に押し潰されそうになりながらも、和心は意志を強く持とうとしていた。
せめて自分に優しくしてくれた秤藤だけでも助けるんだと。
だが、当然大人の男一人をカートに乗せた状態で、そこまで速く移動できるはずもなく。
和心は、いつの間にか目の前に現れた男たちに、すっかり囲まれてしまう。
「おい、そこお嬢ちゃん。新政府の仲間……には見えねぇな」
彼らのリーダーだろう男が、スレッジハンマーを肩に担いで近づいて来る。
その動きに合わせて彼の周囲にいた男たちも拳銃を構え、和心たちの傍に寄ってきた。
「俺はサロン連合の乱獅子·猛ってもんだ。お嬢ちゃんと後ろの奴の名前は? それとそっちの小さいのもお嬢ちゃんの仲間か?」
「あ、あたしは夕村·和心といいます! こっちの人は秤藤さん。そしてこの子はハリネズミのハックルベリーです!」
ビクッと身を震わせて大声で返事をすると、乱獅子と名乗った男は笑みを浮かべていた。
何が面白かったのかわからない和心は、震えながら直立不動になっている。
「なあ、乱獅子。ガキだっていっても女だ。最近やってねぇしよぉ。こいつで楽しませてもらおうぜ」
周囲にいた男の一人がそういうと、その仲間の男たちも同じように下卑た笑みを浮かべる。
全身を舐めるような視線を一斉に注がれ、和心はさらに震えが止まらなくなった。
男の言葉と眼差しからこれから自分がされることを考えると、今すぐにでもこの場を離れたくなったが、恐怖で身体が動かない。
(もうヤダ……。なんであたしばっかりこんな目に遭うの……)
和心が内心で泣き言をいったそのとき――。
ハックルベリーが乱獅子に声をかけた男へと飛び掛かり、その全身を覆う針を男に突き刺す。
「いてッ!? なんだこいつ!?」
いきなりのことに思わず腰を落としてしまった男は、ハックルベリーを手で払った。
だがハックルベリーは全く怯んでおらず、払われてもすぐに態勢を立て直し、また飛び掛かってやるといわんばかりの勢いで鳴いている。
和心は自分が守るとでも言いたそうに、針を立てて身構える。
「このネズミがッ! ぶっ殺して――ッ!?」
男がハックルベリーを踏みつけようとした瞬間。
スレッジハンマーが男の側頭部を打ち抜いた。
目玉が飛び出た状態でその場に倒れ、男はビクビクとその身を震わせている。
まだ息がありそうだが、死にかけているのは明らかだ。
「てめぇの負け。このネズミ、ハックルベリーの勝ちだ」
男を倒したのは乱獅子だった。
乱獅子は倒した男の顔面を踏みつけ、まるで潰れたトマトのようになった頭を見て笑っている。
なぜいきなり男にスレッジハンマーを振るったのか。
和心は男と乱獅子は仲間ではなかったのかと、怯えながらハックルベリーを抱きしめた。
針の痛みも忘れるほど乱獅子の行動に動揺し、和心は怖がりながらも彼から目を離せずにいる。
「えーと、お嬢ちゃん。和心って言ったっけか?」
「は、はい」
「いいもん飼ってるじゃねぇか。今どきご主人様を守ろうってヤツはなかなかいねぇぞ。ネズミだけど大したもんだよ」
乱獅子がスレッジハンマーを肩に乗せ、和心の傍に近づいてきた。
そして、乱獅子は歩を進めながら、仲間だと思われる他の者らに首だけ振り返って口を開く。
「てめえらもさ。欲求不満でやりてぇなら、この子を口説き落とせよ。それが男と女の勝負ってもんだぜ」
そう言われた男たちは、不満げながらも黙っていた。
それと、乱獅子が仲間を攻撃したというのに、他の者たちは誰一人倒れた男のことを心配していない。
やはり仲間ではないのか。
和心が怯えながらも思考を整理しようとしていると――。
「よし、和心。お前さんが新政府じゃないのはわかった。だけどな、そのカートに乗っているヤツ、秤藤だっけ? そいつはどうなんだ? 新政府には見えねぇけど」
「こ、この人もあたしと同じで巻き込まれただけです」
「そっか。じゃあ次の質問だ」
乱獅子はそう言いながらスレッジハンマーを一振りする。
振った風圧で和心の髪がなびくと、彼は言う。
「そいつは、新政府にも俺たちサロン連合にも抵抗してるヤツじゃねぇのか?」
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