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そういった乱獅子(らんじし)の表情は、先ほどまでのヘラヘラした顔とは打って変わって真剣そのものだった。 和心(わこ)はそんな彼の表情から、サロン連合にとって新政府だけではなく、秤藤(びんどう)たちのようなどちらにも属さない人間も敵なのだと理解した。 「最近よぉ。新政府もサロン連合も潰すとか息巻いている連中がいてな。お前はそんなふうに見えねぇが、そっちのヤツはどうなんだよ?」 笑みを浮かべながら、先ほどのようにせせら笑って訊ねる乱獅子だったが、その目は笑っていなかった。 明らかに秤藤のことを疑っている。 実際に秤藤は、都内中にいる新政府にもサロン連合にも属していない人間を集めて、両組織と戦おうとしている人間だ。 まさに乱獅子が見つけたい敵なのだ。 「こ、この人はあたしのお兄さんなのッ! だからあなたの言うような人じゃないよ!」 何か言わなければと思った和心の口から出てきたのは、すぐ見破られるような嘘だった。 二人が兄妹ならば、どうして先ほど名乗ったときに言わなかったのか、どうして苗字が違うのか――話に穴が多すぎる。 「へー、でもそっちのヤツとお前じゃ苗字が違うよな?」 「従妹のお兄さんなの。苗字が違うのは兄妹ってわけじゃないから」 咄嗟に出たにしては上手いことが言えた。 和心は内心で自分のでまかせを褒めていると、そこへ乱獅子たちの仲間がやってくる。 「おーお前ら。そっちはなんかいたか?」 乱獅子が仲間たちに訊ねると、拘束された女が彼らの前に放り出された。 その女は、和心と一緒に捕まった新政府に捕らえられた猫塚(ねこづか)·乙女(おとめ)だった。 それから乱獅子の仲間たちが話を始めた。 なんでも猫塚は前に御茶ノ水付近で派手に暴れていたらしく、新政府にもサロン連合にも楯突いて被害を出していたという。 仲間の話を聞いた乱獅子は嬉しそうに口角を上げると、持っていたスレッジハンマーを和心に放り投げる。 急に飛んできたハンマーを受け止め、その重さでふらついた和心。 乱獅子はそんな彼女を無視して、猫塚のほうを見て口を開く。 「コイツはちょうどよかったぜ。おい、女。このお嬢ちゃんとカートで寝てる男はてめぇの仲間か?」 乱獅子がそういうと、彼の仲間が猫塚を無理やり立たせた。 そして、まるで獣でも扱うように粗暴に彼女を引っ張って、強引に和心と秤藤の顔を見るように促す。 「どうだ、仲間か? 案外そっちのヤツはてめぇの男だったりしてな」 「知らないよ、こんな連中……」 猫塚は、からかうように訊ねてきた乱獅子に、二人とも見たことがない顔だと答えた。 その言葉を聞いた和心は、彼女が自分たちを庇ってくれているのだと理解した。 これなら助かるかもしれない。 だが、この(ひと)はどうなる? 和心が猫塚の心配をしていると、乱獅子は彼女のほうを振り向いた。 「おい、和心。この女の頭をそのハンマーでぶっ叩け。そしたら、お前も後ろで寝てる兄ちゃんも見逃してやる」 「えぇッ!?」 声を張り上げた和心を見て、乱獅子の目が鋭くなる。 口元は笑っているのだが、その目は明らかに彼女のことを疑っているようだった。 「どうしたんだよ? できんだろ? てめぇと兄ちゃんを助けるためだ」 「で、でも、あたし……人を傷つけたことなんて……」 「そっか。じゃあ、てめぇも兄ちゃん死ぬしかねぇな」 ニヤニヤとしながらそういった乱獅子。 和心が渡されたスレッジハンマーを両手で握って俯いていると、猫塚が彼女の前に立った。 「やりなよ。どこの誰だが知らないけど、見ず知らずのアタシを庇って死にたかないだろ?」 「見ず知らずって……。あたしはあなたのことを――」 「うっさい! さっさと殺すなら殺せ!」 和心が何かを口にしようとした瞬間に、猫塚は彼女の言葉を遮って声を張り上げた。 猫塚が自分たちを庇うために犠牲になろうとしている。 いや、自分たちではない。 この女は秤藤を助けたいのだ。 だからこうやって他人の振りをして殺せと叫んでいるのだ。 和心は猫塚の意図を理解したが、それでも彼女に手が出せなかった。 ()らなければ()られるとわかっていても、好きな人間のために命をかけている彼女のことをどうしても殺せない。 それは和心に他人を傷つける勇気がないのもあったが、人を殺してまで生き残りたくないという感情もあったからだった。 「無理だよぉ……。あたしにはできないよぉ……」 スレッジハンマーを握りながら泣き出してしまった和心。 そんな彼女を見て猫塚は顔をしかめ、乱獅子が笑っていると――。 「新政府の連中が戻って来たぞ!」 遠くから少女の声と共に、激しい銃声が聞こえて来た。
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