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車内で少女がハリネズミを撫でながらはしゃいでいた。 そんな少女――夕村(ゆうむら)·和心(わこ)の笑顔に、ハリネズミも嬉しそうに鳴き返している。 「ここが東京、東京なんだよ、ハックルベリー」 和心はハリネズミの名前を呼んでは、窓から外に見える東京の街並みに目を輝かしている。 彼女は学校の夏休みを利用して、両親と共に祖母が暮らす都内へとやって来ていた。 ずっと長野の田舎で育った彼女は、映像でしか知らない東京の建物を見てはハックルベリーに声をかけ続けていた。 車のスピーカーからは和心の父か母どちらかが好きなのか、ザ·ブルーハーツの曲――1000のバイオリンが流れている。 「ハックルベリーに会いに行くぅ~! 台無しにした昨日は帳消しだ~!」 ハリネズミの名前が歌に乗って流れると、和心も一緒になって声に出していた。 実家から出発してから終始彼女はご機嫌だ。 後部座席で飽きることなく、窓から外を見てはハックルベリーに話かけ続けていた。 一方で運転席と助手席に座る彼女の両親の顔は暗い。 娘とは違い、移動の疲れでも出ているのか、それとも慣れない道に神経をすり減らしているのか。 周囲を確認しながらも、どこか不安そうだ。 車は水道橋へと辿り着き、祖母の家まではもうすぐだ。 だが、和心は不思議に思っていた。 彼女の中では、都内では常に人が大勢歩いているものだと思っていたのだが、通りには人っ子一人いない。 それに夏休みだというのに、ここまでの道も渋滞とは無縁で、一度も低速になることもなかった。 まあ偶然かなと、和心は思い直して、再びハックルベリーを手に取って高く掲げては歌い続ける。 その後、車は目的地である祖母の家に到着。 和心は車の中で待っているように言われ、両親は車を古びた一軒家の前に停めてインターフォンを押す。 しかし、反応はなかった。 両親は扉を叩きながら祖母に大声を出していると、その音に気が付いたのか、祖母が扉から顔を出す。 「あんたら……どうしてこんなところに来たの!?」 祖母は和心たちを驚愕した表情で見つめ、声を張り上げた。 両親はそんな祖母に向かって大声を返していた。 和子はハックルベリーと共に、その様子を車内から見ていた。 喧嘩でもしているのだろうか。 彼女にはどうして両親と祖母が言い合っているかが理解できずに、ただ顔をしかめていた。 「みんなヤダだね。せっかく久しぶりに会えたのにケンカしているよ」 一緒にその様子を見ていたハックルベリーにそう声をかけると、ハリネズミもコクコクと頷いているようだった。 それから両親は祖母の手を引っ張り、和子が待つ車へと強引に連れて来ようとしていた。 嫌がる祖母が抵抗していたそのとき、突然両親らの目の前に大きな影が現れる。 それは白い花を思わせる外観から無数の触手が生えていて、その無数の触手を足にした姿はまるで蜘蛛のようだった。 「わぁ! すごいよハックルベリー! 虫みたいなお花のロボットだ!」 和心が車内ではしゃいでいると、突然銃声が鳴り響いた。 そして、彼女の視線の先にいた両親と祖母がぱたりと倒れる。 蜘蛛のようなロボットは発砲されたほうへと向き、身体の下部にあったガトリングガンで撃ち返し始めた。 何が何だかわからない和子は、ハリネズミを抱いて車から飛び出した。 玄関の前で倒れている両親と祖母にかけより、三人に声をかける。 両親たちは血塗れだった。 まるで蜂の巣のように身体に小さな穴が開いており、そこからは真っ赤な血がダラダラと垂れている。 「なんで……なんで……? お父さん! お母さん! おばあちゃんッ!」 駆け寄って倒れた三人の身体を揺する和心。 震えながら声を張り上げても、両親は頭を撃たれたのか全く反応がない。 辛うじて生きていた祖母は、懐から何か出すとそれを孫に手渡して言う。 「和心……早く逃げな……」 「ヤダよ! おばあちゃんも一緒じゃなきゃヤダッ!」 和心は両親が死んでしまったことを知り、せめて祖母だけでも連れて逃げようとした。 その小さな身体で必死に祖母の身体を抱き起こそうとしたが、彼女の腕力では到底運べそうにない。 祖母は今にもこと切れそうだった。 だが孫の手をしっかりと握り、最後の力で声を張り上げる。 「いいから……逃げるんだよ! ここにいたらあんたまで殺される!」 祖母がそう叫んだ瞬間、彼女の額に穴が開いた。 力なく倒れた祖母はもう何も言うことなく、虚空を見つめて人形のように横たわっている。 「おばあちゃん……? うそ……おばあちゃんッ!」 和心は悲鳴をあげるように叫んだ。 だがそんな彼女の悲痛な叫びも、鳴り響く銃声にかき消されていく。 そんな中、和心の肩に乗っていたハックルベリーは必死に彼女に鳴き続けていた。 その鳴き声は、まるで目の前で死んだ祖母と同じく、早く逃げようと言っているようだった。 そんなハリネズミのおかげか、和心は祖母に渡された物を握りしめ、その場から走り出した。 初めて来た街で自分に何が起きたのかも理解できないないまま、彼女はただ駆け出していく。 20XX年の日本。 中学生の少女――夕村·和心は、夏休みを利用して、田舎から両親と共に祖母の住む東京へと遊びに来た。 初めての都内にはしゃぐ和心だったが、現在東京ではAIによる管理をすすめる新政府と、自由を求めるオンラインサロン連合の争いの最中にあった。 その現象は世界中でも起きており、特に日本では銃火器を使用するほどの戦いに発展していて完全なる戦争状態だったのだ。 和心の両親は、そんなところにいる祖母を連れ出そうとしたのだろう。 だがその目的は果たされず、娘をひとり残して家族は死んだ。 そんなことになっているなど理解していない和心は、ハックルベリーを連れて必死で逃げていった。
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