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サバイバー
どう対応すればよかったのか。
可能性を手繰り寄せても、もう実践はできない。
拡大事例会議のために、クリスマス一色となった商店街を抜けて、駅へと向かう。
あれからも、日々新しい案件が報告されて、仲間たちも東奔西走する毎日だ。
あの事例には、子供たちに寄り添うヒントがたくさんある。
けれど、どうも一歩踏み出せずにいるのは、あの子をただの足掛かりにしてしまう罪悪感が抜けないから。
「あの」
考え事をしながら歩いていると、いきなりスーツのひじを引っ張られた。
振り返ると、有名な進学校の制服を着た高校生が立っている。
落とし物でもしただろかとその手に目を向けるが、何も持ってはいない。
「あの、中学に来てましたよね」
学校名を告げられて、高校生に向き直った。
「2年前、しょっちゅう来てたでしょう。一回、面談してもらったと思うんですけど。あの子と一緒に」
頭を殴られたような衝撃とともに思い出して、息を飲む。
「あの子、死んじゃったの知ってますか」
目を隠すほど伸びていた前髪はすっきりと整えられていて、見違えるほど「今どき」の高校生だ。
けれど、ほとんど表情筋を動かすことがないのは、あのころと変わらない。
「知らないんですか?」
少し苛立ちを見せた高校生に、慌ててうなずく。
「し、知ってます」
「話があるんですけど」
「そう、なの。でも、ここじゃあ」
商店街のど真ん中でする話ではないだろう。
キョロキョロしていたら、目の前の高校生は察したようで、横道を指さした。
「あっちに公園があります」
「わかった。ちょっと電話を入れさせて。……あ、もしもし?申し訳ありません、少し遅れます。緊急対応で。はい、よろしくお願いいたします。……行こうか」
高校生は返事もせずに、すぐさま踵を返した。
決して仲良しではなかったが、同じ時期、同じような家庭環境だったふたりは、何かと愚痴をこぼし合っていたようだった。
中学を卒業しても交流のある友人がいたのなら、あの子も孤独ではなかったかもしれないと、少し救われた気になったのだけれど。
「一週間前に、同窓会のお知らせが来て。それで知ったんですけど」
「……卒業してからは」
「全然。連絡先とか知らないし」
「そう、なの」
「遺書とか、あったんですか?」
公園入口で買ったペットボトルのお茶を一口飲んで、高校生は遠くを見ている。
「……」
答えられないでいると、賢い高校生は察したようだ。
「ああ、守秘義務ってやつ?……あのさ、あの子、べつに死んじゃいたいわけじゃなかったと思うんですよね。口癖だったじゃないですか。”消えたい”って」
それは、面談でも連絡会でも、何回も聞いた言葉。
――自分みたいな存在は、消えていいと思う――
「自分もそうだったからわかるんです。消えたいと死にたいって、イコールじゃない」
一言も聞き漏らすまいと、同じベンチの端に座る高校生に膝を向けた。
「自分は勉強が得意だったから、逃げることができた。あの子は絵が上手だったけど、勉強以外のものって、逃げ場にはならないですよね、子供には」
「逃げ場に、ならない?」
「評価につながらないっていうの?学校っていうシステムがあるから、勉強得意な子供は、それだけで”良い”とされるじゃないですか。進学先ひとつで評価も上がる。学校行ってれば、家からは逃げられる。でも、それ以外のものが得意な場合って、相当才能がないと評価されないでしょう?それこそ、野球なら甲子園に行くとか、絵なら何かのコンテストに入賞するとか」
「……そうだね」
「勉強なら”そこそこできるよね”で選択肢はいっぱいあるけど、ほかのものは”そこそこ、だからどうした、それで飯食っていけるのか”になる」
高校生とはとても思えないその目つきと話し方は、この生徒が歯を食いしばって獲得したものだ。
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