ロイク

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ロイク

*** 「号外!号外だよ!ルーベリー議員が暗殺された!」  表で一際大きな声がする。少年の声だろうか。  広場に“暗殺“の二文字が踊った記事が舞う。  人々が騒めき、それらを拾い上げては驚きの声をあげる。  たちまち広場は喧騒の渦と化した。 「親父さん!すっごい評判ですよ、記事なくなりました!」  さっきのうるさい声が扉を開けて入ってくる。 「あーまあそうだろうな、お前がすげえスピードでばら撒くからそりゃすぐになくなるだろ」  部屋の奥の机__沢山の記事やら書類やらタイプライターやらで埋まり、そして空の酒瓶とタバコの吸い殻が山になっている__の前にどっかりと座り込んだ男が胡散臭そうに言った。  黒髪はボサボサに伸び、ついでに無精髭の方も伸びている。  完全に三日は風呂に入っていない男の図だ。 「違いますよー!全部ばら撒いたんですが、落ちてる記事もう無かったですもん!」  その少年__金髪で鼻のあたりにそばかすがあった__は興奮した顔で男に近寄る。 「ああ分かった分かった、いいからもうデカい声を出すな。こっちは二徹で頭が痛えんだ。お前の声がガンガン響く」 「え、大丈夫ですか!?」 「……っ、だからお前が元凶なんだよ、さっさと引っ込め!」  慌てて部屋を出ていく少年を見て、男はため息と共にタバコの煙を吐き出した。  …その顔がこちらを向く。 「ロイク。…お前も、いつまでもそこで突っ伏してねえで仕事しろ。仕事ぶりだけはフィルを見習え。お前が号外は無理だって言うから俺が外してやってるだろ」  窓際の机に突っ伏していた人物がうめきながら頭を動かした。 「…ったく、昨日忙しかったってのに何処ほっつき歩いてんのかと思ったら明け方帰って来やがって」  男が手元にあった記事を開いて読み始める。  ロイクと呼ばれた人物は机の上で組んだ自分の腕の上に顎を乗せ、くしゃくしゃになった髪の隙間から不機嫌そうな目でそれを眺めた。  彼は少年と呼ぶには歳を取りすぎていたし、しかし青年と呼ぶには若すぎた。  そのおかしな見た目は、主に彼の小柄な体型からきているようだった。  なんの特徴もない白いポロシャツと黒いズボンを身に纏っていた。そして、その顔のほとんどは長い前髪で隠されている。   「…一昨日の夜から続いて二件も、か……いつにも増して物騒だな、この街は」  男が寝不足の顔で呟く。  ロイクはその横顔に声をかけた。 「…なあ、親父」  低くも高くもない声だった。 「あ?…何だ」 「昨日殺されたのは議員で、その前は検察官だったよな」 「…そうだ」  男は新聞に目を落としたまま言う。 「…どちらも走行中に道路から車が転落して事故死…のように見せかけて、実際は射殺されていたんだと」 「…………」 「しかも被害者は、裏社会と政界の癒着を解明しようと捜査を行っていた議員と検察官だ。この街の裏の部分を暴こうとした奴が、見事に闇の手によって葬られたって訳だな」  ふうん、とロイクは再び自らの腕に顔を埋めた。 「やっぱり、政治家がどっかの闇組織と繋がってるってことだろ?」 「ああ…大体、政界の上層部にいる輩ってのは裏社会と関わりのある連中ばっかだ」 「じゃあ何処の誰がやったんだろうな」 「知るか。それを調べるのは警察の仕事だ。…新聞屋は警察じゃねえ。一番大事なのは事実と背景だ。俺らはそれを伝えりゃいい。何処の馬の骨がやったかなんてのは必要ない情報なんだよ」  男はそう吐き捨てると初めて新聞から顔を上げ、ロイクを見た。 「んなことより、おめえは早く配達行ってこい。きちんと働かねえと飯代が危ねえぞ」  そう言って男は顔を顰め、シッシっと手で追い払うような仕草をした。  ロイクはため息をつくと重い体をゆっくりと起こし、立ち上がった。  そして刷ったばかりの夕刊を入れた大きな鞄を肩にかけ、ハンチングを頭に被る。  部屋を出る時、男がロイクの背中にでかい声をかけた。 「あーロイク!カプラーノ通りの時計屋の頑固ジジイに言っといてくれ!月毎の料金はきちんと休刊日の分を抜いてあるから心配いらねえって」
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