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「あいつらは民俗学が好きだって範疇に納まらず、更にはどうすればその魅力が他の人間にも伝えられるかまでを考えてるんだ。どういう言い回しや表現、イラストが分かりやすいか、なんて話し合いを、俺の研究室で毎日遅くまでしてた。まあ、所詮(しょせん)お前にとってはそんな事、下らない(こだわ)りかもしれないが」 佐渡は自分の鞄からしおりを取り出すと、静香の膝の上にポンと置いた。 「発車10分前過ぎても姿を現さなかったお前を、俺はとっくに見限ってた。もう構わずに改札通れと言った俺を止めたのも、木曽川とあの二人だ。普段からお前と仲のいい木曽川はともかく、『何か事情があって遅れてるのかもしれない。それを聞かずに学ぶ機会を失うのはかわいそうです』、二人はそう言っていた」 (そうだったんだ。咲と数多くんがいなければ、私は間に合ってすらいなかったんだ) 「そんなあいつらの努力を、お前は理解(わか)った振りして読みもせずに、旅が終わればゴミ箱に捨てるんだろ」 申し訳ない気持ちで、目頭がみるみる熱くなってゆく。 「俺はあいつらほど優しくはない。だからこれが最後だ。もしお前がただ単位欲しさに俺の講義に来てるのなら、単位はやる。だから二度と俺の講義に来るな。今回の旅で、お前はまずそれをよく考えて結論を出せ」 「はい」 自分の座席に戻ると、居眠りしている巴をよそに、静香はしおりを開いた。どうせろくに講義も聞いていなかった自分には理解も出来ないだろうと決めつけて開きもしなかったしおりは、思いの(ほか)分かりやすく、古語も現代らしい語彙(ごい)や表現によって翻訳され、解説は面白いたとえ話を交えて書かれており、キモ可愛い河童のイラストは沈んだ心すら和らげ、静香はクスッと笑った。これなら中学生でも理解出来る、そんな出来映えに、 (ちゃんとしなきゃ、中学生以下よね) そう思うと同時に、静香は佐渡に対する認識が変わってゆくのを感じていた。「サド」という渾名も、実際は(とげ)のある物言いや眼差しの冷たさのような表面的な特徴しか表しておらず、それらもまた実は好きなものに対して情熱的で、それを学ぶ事に誇りを持っているが故の厳しさだったのだ。 (私は民俗学も佐渡教授も、上っ面だけ見て全て理解ったような気になってたんだ。ううん、多分それだけじゃなく、今まで見てきた色んな物事も) 眠っている巴を起こさないように、静香は座席を離れると、車窓から外の景色を飽かず眺めている緒方の座席へと移った。 「咲」 「どうしました?」 「この河童、可愛いね」 静香の言葉に、緒方はにっこりと微笑んだ。
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