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「一方で、大昔から様々な理由で人里から離れて隠れ棲む人達がいて、そういう人達が里人から畏怖の対象として、異形化されてゆくという事もある」
「子供の躾に使われる架空の妖怪じゃなく、元ネタがあるって事ね」
「うん。日本は山の多い土地だけあって、本当に山岳民が多いんだ。平家の落人や隠れキリシタンなんかは有名だし、周りが海に囲まれてるこの列島は、逃げる場所と言えば山しかない。柳田國男は『山人は大和民族よりも前に日本に住んでいて、渡来してきた大和によって山に追い遣られた先住民だった』と主張してる」
「今の日本人の祖先、大和民族は大陸から渡ってきた渡来人だったってやつ? 中学で習ったけど、その前から日本に住んでた人も居たのね」
「そうだね。昨今ブームになってる縄文遺跡群の縄文人なんかは、大和朝廷以前から日本に住んでいた人達だって言われてる」
「そうなんだ、一言に山男とか妖怪とか言っても、そのルーツには色んな説があるんだね」
「後は前にも言ったけど、漂着した異国人が見間違えられたとかね。赤ら顔で鼻が高く、日本人に比べてガタイのいいロシア人とか西洋人は、天狗や山男の特徴と一致してるでしょ」
「ほんと、そう考えると不思議と荒唐無稽な話でもない気がしてくる。面白いね」
「あとひとつ、これは僕が個人的に一番信じている説なんだけど」
在村がちょっとはにかみながら言う。
「河童も天狗も座敷わらしもマヨイガも、全部本当に存在してる説」
「えー、それはさすがにー」
からかうように静香も笑う。
「あはは、でもさ、皆本さんはサンタクロースがいる世界と、いない世界なら、どっちがいい?」
「なるほどね、そう来たかー、そりゃいる方がいいよね」
「うん、僕は民俗学が大好きなればこそ、河童や天狗が実在する世界の住人でいたいと願う。佐々木喜善や宮沢賢治がいた岩手県はそんな僕の望む世界に近い気がするんだ」
「在村くんて、ロマンチストなんだ。でも、素敵な考えだと思う」
この雪深い北の地に、愛すべき摩訶不思議な妖怪達は連面と語り継がれてきた。マヨイガが純粋な心を持つ者の前にその姿を現したように、この旅で在村や緒方、そして佐渡と一緒に過ごす事で、その片鱗に触れる事が出来るのかもしれない。
この旅への自身の気持ちが、出発前と比べて180度変わっている事に、静香は苦笑した。
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