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刃は首筋でピタリと止まっていた。男の目が切っ先よりも鋭く、そして冷たく私を見つめている。 「(たわむ)れだ、許せ」 「…はい」 刹那の硬直ののち、男はあっさり太刀を引いた。私も襟元の乱れを直しながら答える。 (斬ってくれても、よかったのに) この謁見が終わった後、私はどうするのだろうか。何も思い付かない。ならばここで自分の生涯を終えたとしても、何も問題なかったというのに。 男は上座には戻らず、私のすぐ前に座り、訊ねた。 「ーー九郎は、どのような男であった?」 「心優しき御方でした。でもーー」 「でも?」 「その優しさは、弱さしか産み出してはいませんでした」 「九郎は無双の戦上手であるぞ」 「はい、存じております。私が申し上げているのは、武の強さの事ではございません」 「…」 「仰る通り、敵に対しては容赦のない御方でした。強さの評判の陰では、時には卑劣と罵られるような戦ぶりもあったそうです。ですがそれも全てはお味方の為、貴方様の為」 「俺の為?」 「はい、貴方様に褒められたい一心、形振(なりふ)り構わぬ九郎様の行動は、いつもそれを考えてのものばかりでした」 「いや、九郎は俺を憎んでいた。どれほどの武功を挙げても、俺が奴を特別扱いしなかったからだ。それで、とうとう奴は俺を裏切った」 言葉とは裏腹に、男の目に憎悪は宿っていなかった。 「御家来衆とおられる時には虚勢を張っておられましたが、私と(しとね)を共にした時はいつも弱音を吐いておられました。自分は貴方様に認められる程の働きが出来ているだろうか、と」 「…」 「その度に、何度も何度もお慰め申し上げました。時には明けの(からす)が鳴くまで。ですが、貴方様からの評価は得られない。それでも貴方様への忠誠に揺るぎは無かった。でも…」 少し言い淀む私に、男は言葉の先を促す。 「続けよ」 「はい、九郎様は徐々に疑心暗鬼に陥ってゆくようになりました。ですが貴方様を疑う気持ちは微塵も持たない。結果、自分が貴方様に認めてもらえないのは、貴方様の側近の御家来衆が、貴方様に自分の讒言(ざんげん)をしているからではないのか、と」 気付けば、男は目を閉じて聞いていた。 「そうやって九郎様は、強くあろうとする理由を、知らず知らずいつ破れるとも知れぬ薄氷の上に築いてしまっていた。それ故にいつか砕けて沈む事を恐れていたのです」
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