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「2メートル超えの長身、諸肌(もろはだ)脱いだ上半身が毛むくじゃら、髭面(ひげづら)の赤ら顔に、手には錫杖(しゃくじょう)…、それって」 恐怖心で未だに巴の(そで)(つか)んで震えている静香をよそに、咲は興奮冷めやらぬ様子で叫ぶ。 「山男そのまんまじゃないですか!」 時刻は早朝4時半。にも関わらず、民宿の(あるじ)夫婦も含めて全員が囲炉裏の広間に集まっている。女将の機転で、囲炉裏の火が()こるまでの繋ぎにと、灯油ストーブが2台運び込まれ、フル稼働している。 「ちょっと咲、今は喜んでる場合じゃないでしょ」 巴が静香の肩を撫でながら(たしな)める。佐渡ゼミ一行が貸し切りの客なので、他の客への迷惑というのは無いが、 「ごめんなさい、私のせいで」 早朝から騒ぎを起こしている事を、静香は詫びた。眠れなくなって遅刻をするかと思えば、今度は大騒ぎをして皆を眠れなくしている。 (佐渡先生、さすがに怒ってるよね…) 大男がいたという松の下の方を見ながら、佐渡は会話に参加せず、黙ったままだ。 「先生大丈夫、全員いるよ」 在村が学生全員がいる事を確認し、佐渡に報告している。 「分かった、ひとまずは安心だな」 そう言うと佐渡は初めて窓際を離れ、静香の方に来た。反応した巴が静香を(かば)うように側に抱き寄せている。 「皆本、大丈夫か?」 意外にも佐渡の口から出たのは心配の言葉だった。佐渡からの思いがけない優しい言葉を予想していなかった静香は、とうとう感情の糸が切れて泣き出した。 「怖い思いをさせてごめんねえ」 「朝飯に使う冬堀りの山菜を採りに、家内と二人して裏にいたんだが、怪しいもんに気付けなんだ、お嬢さん、先生、申し訳ねえ」 民宿の主夫婦も頭を下げる。 「あんた、警察の方にも連絡するかい?」 「そうだなあ、こんな時間に不審者に敷地内まで入られてるとなると、お客さんにも御迷惑だし」 (そう、なるよね) 夫妻の自分への心配は嘘ではないだろうが、やはり自分が見た者が山男という「妖怪」である事は誰も信じていないのだろう。 「いや、旦那さん、警察は不要ですよ」 佐渡が言う。 「松の下を見てください、誰か居たなら足跡があるはずですが」 見ればそこに誰かが居た痕跡は全く無かった。 「皆本、今日は宿でゆっくりしてろ」 佐渡の言葉に夫妻も静香が夢でも見たと思ったのだろう、 「おう、最高にうまい朝飯作ったるから、いっぱい食べてゆっくりしてくれや」 笑って部屋から去っていった。 「ごめんね、皆」 改めて詫びる静香に巴も 「大丈夫よ、サドの言うとおり、今日は休んだらいいよ、やっぱり静香疲れてるんだよ」 そう言いながら側を離れ、起床の身支度を始める。無理もない。こんな極寒の中、半裸で立ち尽くしている者の実在を信じろと言う方が無理である。 だが、離れた巴に代わって緒方が隣に座ると、言った。 「夢なんかじゃないです、私は皆本さんが嘘や勘違いをしているとは思いません」 「え? でも…」 「痕跡がないのは当たり前です、なんたって相手は『人ならざる者』なんですよ? 人間の常識なんて通用しません」 そう呟く咲の目は、とうとう出会えた憧れの存在に送る輝きの光に満ちていて、静香も思わず苦笑せざるを得なかった。
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