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「あの…、貴方は…?」 隣に座る男に、おずおずと訊ねる。 「やはり、覚えておらぬか。だが、私は一時(いっとき)たりともそなたを忘れた事はない」 男が澄んだ眼で静香を見つめる。 (優しい眼) 静香の眼から涙が一筋零れる。何故あたしはこの人を懐かしいと思うのだろう。初めて逢うはずなのに。 「そう、兄上が私を討たんとし、頼みとしていた泰衡(やすひら)様もその兄上の圧力には逆らえず私に討手を差し向けた、あの時代(ころ)より幾百の年を経てもなお、私はそなたとの再会を、まさに今日という日を待ち望んでいた」 「九郎…様」 自分の中に生まれた別の意識が静香の意識とリンクしている。 (ああ、そうか、あたしはーー、かつてあたしが別の誰かであった遥か昔に、この人を愛したんだ) 自分の中の別の意識、血に刻まれた記憶ーー、静。 「我らは討手を逃れて陸奥(みちのく)の山中を彷徨(さまよ)った。逃亡の日々に疲れてもはや歩く事もままならぬほどに疲労したその時、この屋敷が忽然(こつぜん)と目の前に現れた」 男は部屋を見渡しながら呟いた。 「庭の鶏や、(うまや)に繋がれた牛馬を見たであろう。我らがこの屋敷に逃げ込んだその当時より、あれらは一羽一頭たりとも死んでおらぬのだ」 「え?」 驚く静香を尻目に、九郎と呼ばれる男が続ける。 「ここに潜伏して暫くの時が経ち、ようやく我らはそれに気付いた。この屋敷は尋常ではない。見えざる力のようなもので守られている、と」 「見えざる力…」 「山中とは言え、これほどの屋敷だ、山狩りをする討手が気付かぬはずがない。いざともなれば、この屋敷を枕に討死しようと覚悟を決めた我々であったが、一向に討手が現れる様子がない。いや、それどころか猟師の一人とてこの門前を通りかかる事すら無いのだ」 静香は九郎の話を聞くうちに確信を深めていた。やはりここは、 (本当の、マヨイガ。実在したの?)
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