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又或日(また、あるひ)我家のカドに出でゝ物を洗ひてありしに、川上より赤き椀一つ流れて来たり。あまり美しければ拾ひ上げたれど、(これ)を食器に用ゐたらば汚しと人に叱られんかと思ひ、ケセネギツ(雑穀を収納する(ひつ))の中に置きてケセネを量る器と()したり。(しか)るに(この)器にて量り始めてより、いつ(まで)経ちてもケセネ尽きず。』 「山奥の屋敷から逃げ帰った女がある日、家の前の水路で洗い物をしていると、上流から朱塗りの椀がひとつ流れてきた。あまりに美しいので拾ってしまったが、流れてきた物を食器に用いては汚いと家人に叱られると思った女は、その椀をケセネ(雑穀)を量る器に使おうと思い立ち、雑穀櫃(ざっこくびつ)の中に入れて置いた。以降、この椀で雑穀を量ると、何故か櫃の中の雑穀は全く減らなくなった」 佐渡はここで一呼吸置き、ペットボトルの水で喉を潤す。 「柳田にこの話を語った佐々木喜善(ささききぜん)によれば、マヨイガに呼ばれるのは、そもそもこの女のような善人であり、日頃の善行に対するある種の『ご褒美』として、屋敷内にある椀なり調度品なりをひとつ持ち帰る事を許し、この品が彼らに富をもたらすという事だ。だが女にあまりに欲がなく、何も持ち帰らなかったが故に、マヨイガの方から椀を授けたのだろう。このような、純朴で悪意を持たない人間が超常的な存在によって良い報いを授かるという話は洋の東西を問わず多く存在しーー」 ーーーー 「だからたとえ御伽噺じゃなかったとしても、巴じゃマヨイガには呼ばれないでしょうねー」 佐渡の講義の内容を思い出しながら、皮肉を込めて揶揄する静香に 「ちょっとそれどういう意味よー」 巴は(ふく)れっ(つら)で不満を(あらわ)にする。 「さあねー」 「ふーんだ、マヨイガなんて気味悪い場所、こっちからお断りよ。静香だって聞いてたでしょ。マヨイガから戻ったら静香がもうお婆ちゃんになってるなんて、あたしは嫌だし、逆なんてもっと嫌よ」 「ふふふっ、それはそうかも」 マヨイガが善人に富を与える存在であると同時に、マヨイガのような所謂(いわゆる)隠れ里の伝承にはもうひとつ特徴がある、と佐渡は言っていた。 「遠野物語のマヨイガの逸話では、女はマヨイガに行く前と、マヨイガから戻ってきた時、その間に何も異常は無かった、しかし隠れ里に行って帰って来た者には、『ある異常』が起こる事もある。皆、浦島太郎を知っているだろう?」 聴講する学生達は当然と頷く。 「つまり、異界である隠れ里のような場所では、時間の流れが我々の世界とは異なっている事もある。隠れ里で過ごした数日が、普通の世界の数百年になっているという逸話も多い。浦島太郎の竜宮城もそのひとつと言える」
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