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「ん、時間か。では今日の講義はここまで。いよいよ来週金曜には遠野市へのフィールドワークに出発する。東京と違って向こうはまだまだ雪が残ってるし、寒さも半端ない。参加する者はちゃんと防寒対策もしてくるように」
佐渡が退室すると、教室の一画にフィールドワークの参加者が集まった。
「まさか参加するとは思ってなかったよ」
そう呟く静香の隣に座ったのは、不機嫌そうな表情の巴である。
「なによ、あたしが参加しちゃ駄目なワケ?」
「突っかかんないでよ、もう。そんな事言ってないでしょ」
不機嫌な理由を、静香は知っていた。
ーーーー
先週、巴が事前の連絡もなく、唐突に静香のアパートに訪ねてきた。酒の匂いがする。
「巴? どうしーー」
「飲もーーーー!」
言い掛けた静香の胸に、巴がコンビニの袋を押し付ける。思わず受け取るとずっしりと重い。
「いっぱい買ってきたねー」
缶チューハイ、カクテル、スナック菓子、乾物、チョコレート、レンチン惣菜や缶詰など、目に入ったものを手当たり次第にカゴに入れたような買い方である。巴は靴を脱ぐと、勝手知ったる我が家でもあるかのように炬燵に直行し、
「ううぅ、さぶさぶ」
とテレビを点けている。
(あ、もしかしてーー)
巴の彼氏が他の女と歩いているのを見かけたという噂が、大学の一部の女子の間で流れていたらしい。
(そっか)
付き合ってやるか。
ーーーー
「気が変わったの。それに往復の旅費は大学が出してくれんでしょ、あたしがいなきゃ、あんたも淋しがるだろうし、ついて行ってあげるって言ってんの、優しいでしょ? 嬉しいでしょ?」
「はいはい、仰せの通りでございます」
言葉にはしないが、実際巴がついて来てくれるのはありがたい。ものの五分で誰とでも打ち解けてしまう天性の社交性を持った巴と違い、静香はどちらかというと人見知りの気が強い。集団の中に親しくない誰かがいると、それだけで萎縮してしまう面がある。
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