とある団塊世代の四国遍路日記 第一回区切り打ち       写真;佐喜浜から室戸岬方面を望む

4/16
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
第二日目 第五番地蔵寺~第十番切幡寺~鴨島(BHアクセス鴨島) 平成19年11月8日(木)晴れ 26km(41,000歩)  民宿の朝は慌ただしい。まだ明けやらぬ空には星が燦燦と輝くAM5:00には起床し、出発の準備をし、AM6:30に朝食となる。  民宿の女将さんにお願いして民宿前で写真を撮ってもらい、AM6:45には出発した。昨日、納経時間に間に合わず打つことが出来なかった『第五番地蔵寺』はすぐ前にあり、早朝の清閑な境内には大きなイチョウがそびえ立っていた。今日は参拝にも落ち着きがあり、自分一人であることも幸いし大きな声で般若心経を読み上げている。この後の納経も忘れることなく済ませ、爽快な気分で六番札所へ向かっている。  主要地方道12号線と平行して走る旧道を快調に歩き、地図の目標物である「八坂神社」を過ぎると小学生(神宅小学校)の登校時間に遭遇し、行き交う生徒のほとんどが自分に挨拶をしてくる。これが四国で感じた『第一番目の心』であり、自分も負けずに挨拶を返している。気分を好くして、この道を進んで行くと川に突き当たってしまい右に行って主要地方道に出る。そこの道路標識を見ると、阿波市になっていた。どこで間違えたのか、ここでおかしいと気が付き主要地方道を戻ると、一つ目の信号で「左安楽寺」の表示を見つけた。やれやれと思いしばらく進むと遍路標識があった。  『第六番安楽寺』は、『温泉山』の山号の通り大きな浴場を備えた宿坊があるが、道に迷った焦りから、これを見ないで次に進んでいる。穏やかな日射しの下で、七番札所への旧道を歩いていると急に携帯電話が鳴り、だれかと思い取り上げるとKさんであった。誰にも言わず出て来たため、四国を歩いていると言うと驚きの様子で、折角の料理講習へのお誘いも断らざるを得なかった。  『第七番十楽寺』は、きらびやかな鐘楼門があり一礼して境内に入ると、ここでも団体遍路に出会った。先達が読経の先導をし、手持ちの拍子木で調子を取りながら唱和している。これは見ものと思い場が開くまで聞き入ることにした。ここも無事に打ち終え八番札所に向かうが、徳島自動車道の横を走る長い道となる。土成ICを過ぎると道は自動車道の下を潜り、しばらくすると接待小屋があった。のぞきこむと一人のお婆さんが早速お茶を入れてくれ、テーブルに置いてあるお菓子を勧められる。初めてのお接待でもあり、断ることなく頂き、北陸の話や今日の泊まりとなる鴨島までの道程などの話を聞かせてもらった。この後も何箇所かの接待所を訪れることになるが、どこにおいても遍路に対する暖かい気持ちは変わらなかった。これが四国で感じた『第二番目の心』である。  『第八番熊谷寺』は山の上にあり、広い境内の奥にある石段を登ると本堂がある。大師堂は更に上の方にある様だが改修中であり、手前の道路横に設けられた仮堂で先に参拝を済ませていた。ここより真っ直ぐに下る道には歴史を感じさせる仁王門があり、見晴るかす向こうには吉野川流域の街並みと明日に登ることになる焼山寺の山並みがかすんで見えていた。  『第九番法輪寺』は、八番札所より下ること2.4kmで田園の中に立つ寺であった。落ち着いた境内で参拝を済ませ、この寺の前にある「うどん梅の屋」で昼食をとることにした。メニューは山菜うどんのみで中々の味であったが、同席した滋賀県の老夫婦の会話が楽しかった。主人は5度目の遍路であるが、全て車で回っており歩き遍路のことをしきりに褒め上げる。一方、連れは始めての遍路で、身なりも普通であることが主人の気に入らない様であった。お互いにお惚けのやり取りで、長年の夫婦生活を偲ばせる感じであった。ただ、この主人の今までの遍路では雨に会った事が無いと言い、今回もぜひそうであって欲しいと願うばかりである。もう一人の同席者は、会津の人で車と歩きの組み合わせで回ると言い、この後、鶴林寺の山道で会うことになるが、この様なやり方もあると考えさせられた。  『十番札所切幡寺』へは田園の中の道を更に進み、県道139号線に入り2km程歩くと右折し坂道を登ることになる。遍路用品店や民宿等で門前町の風情が漂う坂道を過ぎると、いよいよ急な登り坂となる。ここを汗だくで登り切ると『切幡寺』の山門が現れ、これを潜るとひんやりとした雰囲気に包まれた。だが本堂までは更に333段の階段があり、疲れた足に追い討ちを掛けられている。二度三度と小休止を入れながら長い階段を登ると、急に視界が開けて本堂が現れた。本日最後の参拝であり体を鞭打つ様に済ませ、休憩所で飲料水を飲むと喉越しに気持ち良く入って行く。そこで本日の3本目となるペットボトルを購入し、鴨島への長い長い道程を歩き出すことにした。ところで明日は金曜日であるが山中へ入ることになり、今日のうちに現金を下ろさないと手持ちが少なくなって来ている。JAを見つけて郵便局のキャッシュカードが使えるかと聞くと、近くに郵便局が在ると言う。10mも歩くとこれを見つけ、これ幸いと現金を下ろすことが出来た。遍路旅では曜日の感覚が鈍る時があり、これには注意を要する。ここより、しばらく歩くと空海の道保存会副会長と名乗る人から地図を頂き、吉野川沿いの道を教えてもらった。それは昔、この町屋の横より吉野川へと続く道を空海が歩いたと言う。折角教えてもらったことを有り難く思い、その道を進んで川沿いの道路に出ることにした。しかし、そこから見る鴨島へ渡る橋までは、かなりな距離があり、なかなか近づかない景色を見ながらへとへとの歩きを続けている。足の小指にはマメが出来ている違和感を覚えつつ、やっとのことで橋の袂までたどり着いた。この時には日も沈みかけており、「四国三郎吉野川」の川面に映る夕日のきらめきを眺めつつ橋を渡っている。  本日の宿である「BHアクセス鴨島」へは、まだ2kmあまりを残しており、賑やいだ鴨島の街中を金剛杖のみを頼りに歩いている。現代風な建物のホテルを見つけると安堵感を覚え、チェックインを済ませると、すぐさま下着と共に部屋の風呂に飛び込んだ。風呂場で体と下着を洗い、下着は風呂場で水切りをし、足のマメの手入れも終えたところで夕食のため町へと出かけた。来しなに見つけていた居酒屋で阿波の魚を食べ、生ビールを飲む。風呂上がりの体に合うのか、たて続けに3杯を飲み干した。帰り道では明日の早立ちに備え、食料となる巻き寿司とパンを買い込んだ。ホテルでベッドに入ると間もなく眠気に襲われるが、なぜか頭の中には般若心経が駆け巡り寝返りをよく打つ夜であった。そして、いよいよ明日が四国遍路で最難関と言われる焼山寺の『遍路ころがし』となる。 【雑感】  阿波の一番から十番の札所は比較的近い距離にあり、初めての者にとっては参拝の作法や足慣らしで遍路の試金石の段階である。これも次に来たる難関を控えてのことでもあり、考えれば四国遍路の札所が合理的に配置されているような気がしてならない。遍路ころがしと呼ばれる難関が、どのような道なのか今は判らない。ただ確実に言えるのは、そこを乗り越えなければ先には進めないことである。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!