とある団塊世代の四国遍路日記 第一回区切り打ち       写真;佐喜浜から室戸岬方面を望む

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第六日目 生名~第二十番鶴林寺~第二十二番平等寺(民宿山茶花) 平成19年11月12日(月)晴れ 21km(36,000歩)    夜明け前の空には北斗七星が輝き、爽快な朝を迎え好い天気が続きそうである。民宿の女将さんに見送られAM7:15に出発する。昨日の右膝の痛みも無く、早朝の澄んだ空気を吸い込み元気が復活している。しかし、直ぐに登りが始まり、どこまで行っても登りが続く。山腹にはみかんの木が多く植えられていて、手の届くところにたくさんの実が成っている。遍路の戒めとして*『十全戒』があり、この二番目に「盗まない」の『不偸盗』がある。しかし、遍路道の途中にみかんの皮が落ちていて、けしからん輩もいる様である。まだまだ急峻な登りは続き、あまりにも坂がきつすぎて山道の横にコンクリートで階段が作られている所もある。ともかく曲がり角毎に目標を定めて小休止を繰り返し、自動車道にも何度か交差し、高度差460mの『第二十番鶴林寺』にやっとのことでたどり着いた感じである。やはり阿波第二の『遍路ころがし』と言われているだけのことはある。この寺は深山の山寺と言う風情があり、本堂の両脇にある「鶴の像」が印象深かった。  次にも阿波第三となる『遍路ころがし』が待ち受けており、どれ程の遍路道になるのかと思えば恐ろしくなる。その前に下りがあり、ここでもころげ落ちる様な坂道である。途中で膝がガクガクし休憩を取っていると、法輪寺(九番札所)前のうどん屋で会った会津の人に追い着かれ、麓に自動車を置いてこの山道を次の太龍寺まで行き引き返すと言う。これも大変であるが、ただ荷物の軽さが救いになっている。下りは那賀川沿いの道路まで続き、高度差460mを一気に下ったことになる。ここで、みかんがテーブルに置いてある休憩所があり、「お遍路さんどうぞ」と言う張り紙がしてあり遠慮なく2個を頂くと、これが乾いた喉に大変美味しいみかんであった。遍路道は那賀川に架けられた橋を渡り対岸に着くと、再びの坂道である。若杉谷川に沿って登る坂道はたいした傾斜でも無く、勢い込んで歩き始めた割りには気落ちしているが、内心ではこの程度の坂道が続いて欲しいと願っていた。縄文時代より水銀末(HgS)を採って赤い顔料を作っていたと言う若杉遺跡を過ぎると、そこには登坂口の看板があった。要は、ここまでの坂はただの道であり、これからが始まりと言うことになる。ここより1.6kmはまさに地獄の様な坂で、修行と言われればそれまでだが、弘法大師もよくぞこの様な試練を与えてくれると思うばかりである。なんとか、「鶴林寺・太龍寺・平等寺の三叉路」に立つ頃には、苦行を乗り越した思いにふけ、思わず煙草をくゆらしている。間も無く『第二十一番太龍寺』の山門に着くが、ここからがまたきつい坂で、山門を潜ってから小休止を取らなければならなかったのは、ここが初めてである。この寺(H520m)は、西の高野と呼ばれているだけあって、山はあくまで深く、山頂ではあるが広い境内には杉の大樹が茂り荘厳な風情がある。ただ山がきびしすぎて車を寄せ付けないこともあり、本堂下にはロープウエイの駅が設置され下界との窓口の様に感じざるを得ない。参堂を戻る途中で見晴らしの好いところがあり、直線距離で4km程であろうか深い渓谷を挟んだ向こうの山の上には、朝方に参拝を済ませてきた『鶴林寺』と思しき寺の伽藍が見えている。こう見るとよくぞ、この渓谷と山を伝ってきたものと感心するばかりである。吹き渡る風には寒さと共になにか透明感を覚え、まさに『阿波には風がよく似合う』と思えた。  ここより再びの下りであり、急な坂道を1km程降りると駐車場(H330m)があった。そうすると車遍路であっても、200mの高度差を1kmの距離で登る坂道を歩くことになる。車道を下り途中で龍山荘と言う大きな旅館を見るが営業を休止しており、次の民宿坂口屋がこの地で唯一の宿でもある。自分の宿はまだまだ先にあり、やたらトラックばかりが多い主要地方道28号線より別れ、昔の遍路道である大根峠への登り口にさしかかる。遍路小屋の前を通り人家の裏庭より続く小道であるが、しばらく進むとまたまた急坂となる。そこは夕方の北側斜面であり周囲は薄暗く、この様な所には石仏がよく目に付くことになる。昔の遍路も遍路ころがしである二つの山(鶴林寺・太龍寺)を越えて、この峠にさしかかる頃には相当体力を消耗していたことであろう。ほうほうの体で峠に着くと、この向こうは林相がころりと変わり明るい竹林となり、下りは落ち葉の上を歩く気持ちの好い坂道であった。車道に出ると接待所があり、再びみかんが置いてあったので、ここでもみかんを頂き歩き始めた。すると犬を連れた女性に会い、大根峠の登りの心細さから逃れ、女神に出会った様な気分になり会釈をしていた。更に車道を1km程歩くと『第二十二番平等寺』が現れた。ここの本堂には見事な天井絵があった様であるが、早く隣りにある民宿に入りたい一心で気にも掛からず参拝を終わらせている。「民宿山茶花」到着PM4:30、出発前の宿の予約はここまでである。この時期の宿泊施設は、かなり余裕があるものと、これまでの民宿では考えていたが、ここの民宿は満室であった。ただ、最近の遍路の事情より一人が一室で、この民宿は6人で満室である。さすが明日は短めの距離にしようと、遍路日程を一日延ばすことにして、この民宿ではよく飲みよく寝た。同宿の5人は、一人を除き他は全て明日JRを利用する様である。 【雑感】  『遍路ころがし』とは、良く言い表した言葉であり四国遍路における難所を指している。阿波では、一に焼山、二にお鶴、三に太龍と言われる様に、遍路道に急峻な登りやころげ落ちる様な下りがある札所のことである。そして、土佐では神峯寺、伊予では横峰寺、讃岐では雲辺寺、白峯寺と言う様に、それぞれの国でこの様な難所がある。これらの札所に登る道には、必ずと言っていいほど石仏が見られ、昔の遍路旅が苦行とされたことがよく判る。しかし、なぜこの様な場所に札所を設けたのか不思議に思うが、若き日の弘法大師が四国で山岳信仰に係わって修行を積んでいたとすれば理解出来ることである。 *『十全戒』とは、遍路における戒めを説いた言葉であり、次の十カ目がある。    ①不殺生(ふせっしょう)・・・生き物を殺さない    ②不偸盗(ふちゅうとう)・・・盗まない    ③不邪淫(ふじゃいん)・・・・異性に対する邪な行為をしない    ④不妄語(ふもうご)・・・・・偽りを言わない    ⑤不綺語(ふきご)・・・・・・虚飾の言葉を口にしない    ⑥不悪口(ふあっく)・・・・・悪口を言わない    ⑦不両舌(ふりょうぜつ)・・・二枚舌を使わない    ⑧不慳貪(ふけんどん)・・・・貪らない    ⑨不瞋恚(ふしんに)・・・・・怒らない    ⑩不邪見(ふじゃけん)・・・・不正な考えを起こさない
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