言葉と感覚

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言葉と感覚

「干渉を拒む若い世代と、管理をしたい上層部。現在の市場のニーズは、在宅ワーカー同士をストレスフリーに繋いで、現場の士気を維持向上させることです。当社が開発したソフトでは~」「試験的に導入を行ったA社において、良好なフィードバックが得られており~」  滑らかに動く舌とは裏腹に、脳内は淀んでいて、鼻から下が勝手に動いているように感じた。僕は何故こうも熱心に話しているのだろう。このソフトが他社に採用されれば、業績が認められて昇格して、今以上の称賛を得る。それを望んでいたし、やり甲斐であり、生を全うする歓びすら感じていたはずだ。なのに何故だろう、PC画面に並ぶいくつかの獲物の顔が、じゃがいもどころか、そこらの石ころに見える。全く欲が沸かないのだった。 「竹田君、昨日のプレゼンは素晴らしかった。すでに5社から前向きに導入を検討したいと連絡をいただいているよ」 「5社ですか?そんなに。なんだか恐れ多いというか、なんというか」 「君の手柄だ。上には私から君の昇進を強く勧めておくよ。君はもっと高みへ行ける人間だ。私のような豚に真珠は似合わないだろう?あはは。気が早いかもしれないが、君と仕事ができて私は運が良かったよ、ありがとう」  会社を出ると、予報通り雪が振り始めていた。震えるほどの寒さに一刻も早く帰りたい気分だったが、同じ部署のメンバーが小さな慰労会を開いてくれるというので、遠慮はしたものの参加することにした。  僕のようになりたいと、涙ながらに訴える後輩がいた。すぐに追いついてやると啖呵を切る同期がいた。僕は冗談で返しながらも丁寧に礼を述べ、明日もあるからと、早めに店を出た。    雪は大粒になり、路面は白く覆われていた。わざとらしく大きく息を吐いて、霞み消えゆく白を確かめる。一人歩く帰り道、口元が緩んだ。嬉しかったのだ。自分の取り組みは評価されている。そして周りの人間に恵まれていると実感した。この仕事を選んで、続けてきて良かった。これからも頑張ろうと思えた。  そこで足が止まった。思考が静止した。この気持ちを誰に伝えればいいのだろう。今日の出来事を、誰に向けての言葉にして、僕の中だけではなく、この世界に起きた一つの事象として、受け止め整理すればいいのだろう。喜びの反動が、僕の胸に大きな穴を開けた。 『ひろくん、昇進おめでとう!! ・・・あ、あれ?クラッカー鳴らな…わ、わーーー!!!』 『気にしないで、きっと疲れてるんだよ。大丈夫だよ。大丈夫』 『ごめんね、私がいないほうがいいよね。ひろくんの力になりたかったのに、迷惑ばかりかけて、ほんとにごめんね…』  クラッカーの硝煙の匂い、背を擦る彼女の手、そして…。それらの感覚が生生しく再体験された。舞い落ちる雪は遠慮を知らず、勢いを増していた。
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