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昼間生徒会室に行ったのがウザかったのだろうか。
引退したのに先輩風吹かせたように見えたのだろうか。
そんなつもりは毛頭ないのに。
お前に会うための口実だっただけなのに。
怒った背中に鼻の奥がツンとする。だけど、年上の矜持で泣きたくない。
「修吾っ……お前どこ行くんだよ……っ」
あっという間に予備校のある駅前から離れる。都心の大きな駅があるこのエリアは予備校が建ち並ぶところから離れてしまえば繁華街だ。
騒がしい通りを過ぎて、繁華街の奥に行くと、突如騒がしい空気が、霧散して、しん、と静まり返ったエリアになる。
ただ、静かなだけではなく、 静けさの奥深くにどろりとした淫靡な空気が漂うその通り。静かなのは人がいないからではなく、其処にいる者達はみな声を潜めて、躯を寄せ合って会話しているから。 並ぶホテルの入り口に身を寄せあった者達が吸い込まれるように入っていく。
「待って、修吾……お前、今日……その……と……と……泊まりたいの?」
ラブホテルが並ぶ通りで無言で歩く男に問う。 泊まるということが何を意味するか分かるから、 耳の端まで顔が赤くなったのが自分でもわかる。
修吾はぴたりと脚を止めると、 俺の腕を掴んだまま振り返って俺の顔をまじまじと見て、そして。
「うわっ……」
建物と建物の間の細い路地に引きずり込まれて、壁に押し付けられて思わず声が出た。
壁に強く俺の躯が当たらないようにはされていたが、びっくりしたのだ。
「くそっ……振り回されてばっかりだ……っ」
絞り出すような声はいつもの落ち着き払った修吾の声ではない。切羽詰まった余裕のない様子。最近はすっかり落ち着いてそんな様子を見ることもなかった。
むしろ生徒会室で見せた落ち着いた態度に振り回されたのは俺な気がする。でもあのときと違って余裕のない様子を思わず可愛いと思ってしまう。生徒会室でも内心は余裕が無かったのだろうか。それを嬉しいと言ったら怒るだろうな。
「……振り回したつもりなんてないよ」
背の高い男の耳元に額を寄せて囁いて、頭を撫でてやる。
「あいつらと変わらない子供扱いやめて下さい」
今日の生徒会室で後輩達と交わした挨拶代わりのじゃれ合いのことを言っているのだろうか。
「あいつらとお前同い年じゃん……痛っ」
軽口を叩くと、首筋に噛みつかれてしまい軽く悲鳴をあげてしまった。
「こんないい匂いさせてあちこちフラフラしないで。その気がなくても誘ってると思われても仕方ない」
「さ……誘う?!んなわけ……っこら、やめろって」
噛み付いた跡に舌を這わせてきたのでぱしり、と軽く叩く。
「ほら、そうやってすぐそういう扱いする……俺をあなたのペットかなんかだと思ってるんですか?……あぁ、やらしい匂い…… あいつらや光さんも嗅いだのかと思うとほんとムカつく」
確かに今日は香りを纏っているけれど。
それはお前に会いに行くから付けたのに。
だって、お前この匂い好きじゃんか。この香りと俺そのものの匂いが混ざった匂いにうっとりした顔を見せるから、幸せそうな顔を見せるから、そんな顔が見たくて付けただけなのに。
「ちょっ……修吾?!」
制服姿の俺に手早く自分のパーカーを羽織らせて制服を隠してしまうと、ぐっと再び腕を引かれてすぐ近くにあったホテルの入り口に引き込まれた。
「俺、我慢できそうにないんで、ホテル嫌がれたらその辺の路地であなたのこと犯しそうなんですけどそっちの方がお好みですか?」
修吾の熱の籠った視線に腰が抜けそうになった俺にはもうそれに逆らうという選択肢は残されていなかった。
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