プロローグ

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プロローグ

 夜中の二時。この時間になるととある扉が開かれる。それは自然的なものでもなく、物理的なものでもなかった。ただ、そこを行き来する警備員のドアの閉め忘れ。正確には日常的な面倒から始まった怠りである。パスワードは同じ数字が四つ続くだけであることも知った。  いつもの時間に部屋を出る足が浮き立つ。鼓動が高鳴る。胸が躍る。頭は満開のお花畑。ツルツルのフローリングから、ザラザラしたコンクリートの床に変わる。重い鉄の扉の先にはふかふかの絨毯の床。私が過ごす児童養護施設と向こう側の病院を繋ぐ唯一の連絡通路。その通路の両隣はガラス張りになっており、都会の光が入ってこない満開の星空が天井にまで映し出されていた。さらに歩いた連絡通路の向こうにも重い鉄の扉があった。パスワードを入力し、そっとその先へ進む。途端に空気が変わる。ひやりとした自然と背筋を伸ばしてしまうような、そんな空気。  だがそれも慣れてしまった。約束の部屋へまっすぐ進む。当然足音は鳴らさない。ノックもせずにそっと引き戸を引いた。半透明のカーテンがゆらゆら揺れている。その向こう側にはベッドに座る人の影が映っていた。大きな声でその名前を呼びたくなる。 「ハル。」  囁くような声で呼ばれ、重りを載せていた足が解き放たれた。カーテンをくぐるようにして中へ進み、今日もまたその美しさに感嘆の息を漏らした。男とも女ともいえない中性的なその顔立ち。夜の月の明かりをキラキラと反射する白い髪は高級なシルクのようだった。獲物を狩るような鋭く鮮やかな赤い目も、私と目が合った途端柔らかな目元へと変化していく。 「ねぇ、ハル。今日もお話を聞かせて?」  そういう彼女、もといルイのもとへ歩き、ベッドに腰をかけた。  なんの話をしようか。今日読んだ本の話でもいい。毎日私の部屋に訪れてくる女の子の話でもいい。職員さんから聞いた怖い話でもいい。きっと、私が体験した今日という一日の出来事ならルイはなんでも聞いてくれるだろう。うんうんと頷きながら、優しい顔で、優しい目で私の姿をじっくりと見つめるのだ。 「今日で何日目だっけ。」  そう問いかけるとルイは「五日目だよ。」と答えた。 「そんな気がしないね。もっとずっと昔からルイのことを知っているような気がするよ。」  二人の口元が緩み微笑みあった。  優しい夜の時間。秘密の時間。これは二人しか知らない夜中の密会のお話。
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