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それぞれの春・東堂夕陽
大学から駅に向かう歩道は人通りが激しい。
その流れに逆らって東堂夕陽は歩を進める。
「夕陽、駅の方じゃないの?」
女生徒の不満気な声に彼は振り返って、手を振る。
聡から王子と呼ばれる甘い顔立ちは、軽めの苦笑いを浮かべた。
「ごめんね、今日はこっち。撮影あるから」
吸血鬼のコミュニティで先輩から紹介されたモデルのバイトは、想像していたよりもずっと面白い。
どんな立ち方をすればその服の形が良く見えるか、どういう表情が彩りを添える事が出来るのか……現場に立てば立つほど知りたい事や、新しい手法が見えてきて興味深かった。
更にそこで意外な人物と深く関わることになったのも、何かの縁を感じている訳だが。
ふと向かう先に目を遣ると、一人の女性が歩いて来る。
細身の華奢な身体を制服であるスタンドカラーの白シャツと黒のパンツスタイルに包み、膝丈のギャルソンエプロンで仕上げている。
くりっと大きく黒目がちな瞳、白い肌に艷やかなセミロングの黒髪をぴょこんと纏めた清楚系美人。
随分雰囲気は柔らかくなったが、一人で居る時には人見知り故かどこか表情が硬い。
「朱音ちゃーん!」
夕陽が呼び掛けると、彼女はびくっと身体を震わせて視線を寄越す。
僅かに表情を緩めて小走りで駆けて来た。
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