桜と吸血鬼

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こんなやり取りを聞かされる身にもなってくれ……こっちこそ困っちゃうっての。 心の中で毒づいて、聡はイヤフォンの音量を上げて、ノイズキャンセリングをオンにした。 今日1日で3人目の吸血希望者だ。 失神寸前まで疲れていたとしても、もう完全回復してフルマラソンを笑顔で走り切れるだろう。 もしかしたら2周くらい駆け抜けるかもしれない。 何しろ吸血鬼という生き物は身体能力が高く、持久力にも優れているのだ。 勿論伝説の化物みたいにとはいかないが、陸上競技は国体レベルかそれ以上、他の種目でも間違いなく全国に通用する。 まあどの競技でも吸血鬼(かれら)はエントリー資格を持たないけれど。 日陰になるからと人気(ひとけ)の無い講義室を選んで、男2人静かに昼食にありつこうとしたのが失敗だった。 東堂 夕陽(とうどう ゆうひ)を狙う女子学生に見つかるとは……物陰に隠れたまま聡が様子を窺うと、ピンクのニットの肩に夕陽の金髪が見えた。 友人の本日のランチは大学のミスらしい。 ノイズキャンセリングを切れば、艶かしい嬌声が聞こえるであろうことは明白だった。 吸血という行為は性交渉以上の快楽を(もたら)すらしいから。 蚊が麻酔作用のある唾液で痛みを感じさせないのと同じ原理なのではないかと思うが、本当のところは知らない。 聡とて年頃の男子、入学当時に夕陽と親しくなったばかりの頃は度々耳にする嬌声と恍惚の表情を浮かべる女性達に心を乱したり、色々が昂ったりしたものだが毎日何人もの徒事(あだごと)を見る内に何だか醒めてしまった。 まだ大学2年、二十歳(ハタチ)の身空だというのに、このままでは坊主にでもなってしまうのではと言う位に悟りを開きつつある。
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