桜と吸血鬼

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「お前みたいな、女ならなんでも良いようなヤツに朱音さんの魅力はわかんねぇよ」 ふん、と鼻を鳴らして聡は残っていたパンをコーヒーで流し込んだ。 「ああ、わかんないね。あんな桜の匂いプンプンさせてるような女のどこが良いんだか。美人だから吸血鬼に襲われて当然とでも思ってるんかね」 べ、と舌を出してから夕陽がおにぎりを口に運ぶ。 ちらりと見える発達した犬歯が、彼の本来の性質を覗かせた。 吸血鬼達には幾つかの弱点がある。 とは言っても伝承の吸血鬼のように太陽光で灰になったり、十字架が苦手と言うわけではない。 何故なら彼等は人工的に造られた吸血鬼だから。 日本史の教科書によると、第二次大戦中の ルーマニアでドイツ軍が一人の吸血鬼を捕獲した。 これが人類史上最初にして唯一確認された吸血鬼『始祖』、所謂(いわゆる)伝承通りの吸血鬼だったらしい。 その高い身体能力に目を付けたドイツ軍はそれを基に、人造吸血鬼兵を開発した。 同盟国である日本もまた『始祖』の身柄を借り受け、同様の兵士を生み出した。 『始祖』は戦争のどさくさで灰になったそうだが、生み出され戦争を生き残った人造吸血鬼達はそのまま社会に溶け込んだ。 戦後に一度は廃棄処分が検討されたのだが、人道的見地からそれは立ち消えとなった。 一説によるとあまりの美しさに殺すのが惜しくなったためと言われている。 生きる権利を獲得したとはいえ、全ての権利が保証されているわけではない。 身体能力を競う大会への参加権が認められていなかったり、国外への渡航が禁止されていたりと不自由な部分もある。 無論、同意のない吸血行為も法律で禁止されている。
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