桜と吸血鬼

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「桜の香りが好きなんだろうよ。キレイじゃん、桜」 実のところ聡もあの甘い香りをあまり好きではない。 しかしそれを凌駕する程朱音に熱を上げているのだから、仕方がない。 「セリシール(Cerisier)なんて名前付けて、店先に桜の鉢植えまで飾ってる店の店員だからね。最悪ぅ、趣味悪いぃ」 うへぇ と呟いて夕陽は不味いものでも飲み込むように、ペットボトルの緑茶を流し込んだ。 朱音の勤め先である喫茶店はフランス語で桜を意味する『セリシール』という。 正確な発音は「スリズィエ」に近いのだが、ローマ字読み風にしてわかりやすくと店主が命名した。 彼は余程桜が好きなのか、店先には桜の鉢植え、店のロゴマークも桜の花の意匠、制服のギャルソンエプロンまで柔らかなピンクの桜染めという徹底ぶりで、吸血鬼は店に近づくことすら出来ない。 「良いよ、お前みたいなケーハク野郎が近付けないんなら好都合ってヤツだ」 「でも聡が相手にされるかどうかは別じゃない? 半年通っていまだにデートの一つも出来てないじゃん」 ぐ、と聡は言葉に詰まった。 この半年で常連になって、ようやく名前を覚えて貰ったものの、それ以上の進展はない。 むしろ店主との距離の方が近いぐらいだが、おっさんとお近付きになって喜ぶ偏った趣味は持ち合わせていない。 「良いんだよ、まだこれからなんだから」 「そのこれからって、一体いつ来んの? 聡ならもっと可愛げある女の子、いっくらでも捕まるって」 なんなら紹介するよ? と顔を覗き込む美貌の額をぐいっと押し退けて、聡は立ち上がった。 「ほっとけ。もう行くぞ! 遅刻できねぇから」 「待ってよ、オレも行くから!」 慌ただしく食事の痕跡を片付け、夕陽は先を歩く友人の後を追った。
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