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何だったんだ一体。白昼夢にしては時間が遅すぎる。幽霊に出くわしたと考える方がしっくり来る。
猫なのに狐につままれた気分でぐったり脱力し、玄関の鍵を開けて部屋の電気を点ける。その時、上着のポケットに突っ込んでいたスマホが、軽快な着信音を奏で出した。
発信者は『母』。無視したい気持ちを少しだけ抱きながら、仕方無く『着信』を選び、電話に出る。
『もしもし、義希?』
電話の向こうの声は、最近聞いてばかりだったヒステリックなものではなく、落ち着いたそれ。
『今日ね、正輝が捨て猫を拾って来たの。スコティッシュフォールドっていう、珍しい猫なんだって。すっごく可愛いの』
正輝とは五つ年下の俺の弟だ。このところ喧嘩が絶えずに、すわ離婚秒読み段階かと思われていた両親。そこへ、大学生という大事な時期に一人置いて俺だけ家を出てしまった事に、罪悪感をおぼえていなかった訳ではないが、あいつ、そんな事をしたのか。
『それでね』
母の弾んだ声が続く。
『お父さんと三人で必死になって猫ちゃんの面倒を見ている内に、喧嘩ばかりしていたのがばかばかしくなっちゃったねって話になって。もう一度皆で頑張ろうよって仲直りしたの。義希にもずっと心配かけちゃって、本当にごめんね』
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