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「森山義希、恩返しに来たぞ」
ガソリンスタンドでのバイトを終え、コンビニ弁当の入った袋をぶらぶらしながら、一人暮らしのアパートへ帰り着いた俺を出迎えたのは、膝までの背丈しか無い、一匹の猫だった。
耳がクタンと垂れているこいつは、スコティッシュフォールドとか言ったか。
付き合って一年になる彼女が、
『スコはほんっとうに可愛いの。でも、耳が塞がってるからこまめにお掃除してあげないと可哀想な事になっちゃうんだよ。その手間も楽しいんだけどね』
と、自宅のスコについていつものろけているので、少々の嫉妬を覚える程に、記憶に染みついている。
だが、こいつをただの『一匹の猫』と呼んで良いものか。立っている。革の長靴を履いた二本足で立っている。そして偉そうに腰に手を当ててふんぞり返り、喋ったのだ。
……うん、きっと疲れてるんだ、俺。今日も年度末の繁忙期でてんてこまいだったしな。幻覚と幻聴だ。
「おいおいこらこら無視するんじゃない」
すいっと横をすり抜けて玄関のドアを開けようとすると、長靴を履いたスコは慌てて二本足でつとつとと俺の前に回り込んで来て、にょきっと爪を出した両腕を掲げ、威嚇のポーズを取った。
「憶えておらぬのか。我は十五年前、お主に命を救われた猫だ」
憶えていない訳ないだろう。俺は溜息をつく。
あれは小学四年生の冬の下校中。猛スピードの車に轢かれそうになった猫を、ほとんど条件反射で車道に飛び出し助けて代わりにはねられ、三日ほど意識不明になった事がある。忘れたくても忘れられない生命の危機だ。こいつがあの時の猫だというのか。
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