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片づけを終えて、夫も私もすっかりソファでくつろいでいた。
いえ、傍目にはくつろいでいるように見えても、私の心は騒がしい。
そして、脳内ではどうやって色仕掛けなるものをすればいいのか、頭を悩ませていた。
何か参考にならないかしらと、試しに携帯で検索を掛けて見る。
『妻が夫に色仕掛け』っと。
――わわっ……。
開くこともためらうお題ばかりが連なり、慌てて閉じた。
AV関連は幾つになっても慣れるものではないらしい。
『そんなことを言っていないで勉強しろ、堅物女!』
そう、言われてしまえばそれまでなのだが、私には刺激が強すぎて、怖さばかりが先に勝って、見ていられない。
今、ちらっと見えた文字の羅列でさえ身体が委縮した。
――生娘とか、熟女とかそういうのは関係ないのね……多分。
例えば、映画のようにそこに愛があるのであれば、濡れ場も受け入れて見ていられるのかもしれないけれど、夫に言わせればそういう類とは別物だと言うから、そうなのだろう。
『『欲望に忠実な世界観』倫理観はそこにないから』と、肩を竦めていた。
――欲望に忠実か……。
私の欲望と、夫の欲望が合致していなかったらどうしよう。
益々自信がなくなり、私は負の感情を押し込めるように胸元を押えていた。
「どうかした?」
隣でTVを見ていた夫が私の動揺を察知したのか、顔を向ける。
「うんん、何でもないの。お風呂、入らないの?」
「ん、空けたらね」
夫のサイドテーブルにはワインボトル。
まさか一人で全部飲み干す気なのかと、目を瞠る。
「そんなに飲んでも大丈夫なものなの?」
私はお酒を嗜まないので酒量などよくわかならないが、明らかにいつもより多い。
心配になって、夫の袖を引いた。
「明日は休日だし、少しくらい羽目を外したって平気、平気。それに、その方が良く眠れるから」
「……眠れないの?」
心配になって夫の顔色を窺う。
「ん、眠れない」
夫の顔がそっと近づいてきて、私の前髪を幾筋か梳いた。
酔っているのか、少しばかり目元が熱を帯びて見えた。
「どうして?」
「さぁ、どうしてかな」
ニヒルな感じに口角を上げ、先に寝ていていいよと言われてしまう。
夫の目はTV画面に戻されてしまったが、番組に集中していないことは明らかだった。
私は多分、また何かを見落としている。
此処で退いてはならないと、妻の第六感が告げていた。
「真司さん、ワインはその辺にしておこう」
「このくらい大丈――」
彼が此方を向いた隙に、私はサイドテーブルからワインを奪い取った。
「そんな風にまた、独りで抱えるなんて絶対にさせないんだからっ!」
私は言うや、ボトルに残されていたワインを一気飲みした。
「なっ!?よ、よせっ!」
慌てて止めようとする彼の手から一歩逃れて、全てを飲み干す。
ワインを飲むのは初めてだったが、ビールよりも甘くて飲みやすいと知る。
「わ、私の気も知らないで……ば、莫迦っ!!!」
感情が昂ったせいか、言った途端に目が回って私はひっくり返ってしまった。
頭に衝撃が無かったのは、夫が受け止めてくれたからに違いない。
私の名前を呼ぶ声が、遠く聞こえていた。
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