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『めくるめく』と表現するに相応しい一夜を成し遂げ、私――柏木紀子(19)は、ほぅっと安堵の吐息を漏らしていた。
まさかこんなことなるとは――。
などと、スッとぼけたようなことは言わない。
なるべくしてなり、なるべくしてなされ、なるべくして虜になった。
幾度目かのデートを重ねた頃、彼は私にそっとメモを寄こした。
その日は、レポートの提出期限が迫っており、私は大学の図書館の奥まった個席で、黙々と調べものに没頭していた。
その場所をお気に入りとする人は多く、先着できたことは幸運だったと言える。
そんな最中、広げていた文献の上にポトリと降って来たのは、小さく折りたたんだメモ用紙だった。
驚いて目を上げれば、衝立を隔てた向かいの席に彼がいた。
――嘘っ……!
心音がひとつ打つ。
私は彼に恋をしていた。
それも、初めての恋は実ったばかりか、こうした偶然にもときめくほどに私を乙女にしていた。
いつから其処に居たのか、時を同じくして彼も図書館にいるなど、私は思いもしなかった。
空きを見つけられて、真っ先に椅子しか目に入っていなかったものだから、余所の埋められた席に目を配る余裕など、そもそも無かったことは確かだった。
――もしかして、最初から居たのかしら?
メモを摘まみながら、『いつから居たの?』と、この嬉しい偶然に笑みを浮かべて口を動かした。
彼は意味深な笑みを浮かべるも、なんら答えを返さない。
代わりに『頑張って』と口は動いた。
次に講義が入っているのだろう、時計に目を向け、じゃあねと示して手を振った。
出口に向かう彼の背を見送り、私は少しばかり首を傾げた。
――携帯のあるこの時世にどうしてメモ書き?
通知をマナーにしていない可能性を考えてのことかしら?
何はともあれ、少しばかり謎めいた贈り物に、得をした気分だった。
初めてできた恋人から、最初に受け取る贈り物というものは、それが何であれ嬉しいものだったのだ。
まぁ、とにかく酷く浮かれていたという話。
けれど、その何気ない贈り物を開いて、レポートどころの心境ではなくなるなど、夢にも思わなかった。
何ら飾らないメモ用紙は、歴としたラブレターだったのだ。
『次のデートには、ホテルに連れて行くから、そのつもりでいて』
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