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お舅さんはそんな私に笑みを零してくれた。
「くふふっ、紀子さんは家内と同じことを言うね」
「お義母様ですか?」
「『私が傍にいるんだから終始安心よね』て、あれは強がって胸を反らしていたよ」
それは如何にもお姑らしい言い分で、お舅ばかりか私にも心休まる言葉掛けだった。
――お義母さんがいるのだから、安心ね。
でも――。
「強がりだって分かっていらっしゃるなら、やっぱり迎えに行かないとなりませんね」
お姑を支えに行かねばならないと念を押す私に、お舅は苦く笑った。
「紀子さんは、一筋縄じゃ行かない性質だねぇ」
お舅は褒めているのかけなしているのか、どちらとも言える微妙な笑みを零した。
おそらくはどちらもなのだろうと受け止め、私は曖昧に頷いた。
「不妊治療をすると言い始めたのは、本当は家内の為だったんじゃないのかな?孫が遠のいて、あれは寂しそうにしていたからね」
ズキンと私の良心が軋んだ音を立てた。
「いえ……、違います。きっかけはそうでも、本当は違うんです」
義弟夫婦が北海道へ渡ってしまい、そう簡単に孫に会えなくなったお姑の為にも頑張らねばとは思ったが、それは違う。
それはあくまでもきっかけに過ぎない。
夫との間に本気で子供を望むのならば、なぁなぁに流してきたことに、きちんと向かい合わねばならないと、私は奮起したのだ。
「本当は、もっと深いところで、きちんと話し合える夫婦になりたかったんです」
それなのに、私はやり方を間違えた。
話し合うことには逃げ腰で、目的ばかりを優先させてしまった。
お姑の力添えに頼り、夫が不妊治療を始めるように、強引に事を運んだのだ。
産婦人科の門を叩くように、お姑から夫に促して貰えないかと、私自身が打診したのだ。
なんら話し合わずに踏み切ったせいで、夫を酷く傷つけることになってしまった。
「分かっていたつもりで、まるで分かっていませんでした。焦っていたんです」
ズキンズキンと罪悪感に心が痛む。
全部、全部、私が招いた歪みだ。
夫の優しさに付け込み、騙すような真似をしておいて、そんな妻に歪みを正すことなど出来る筈もない。
皺寄せはすべて子供に向けられた。
妊活を放棄した私は、生れてきたかもしれない子供を見捨てた気持ちになっていた。
「私たちは子供を諦めてしまいました。全部……私の所為です。ごめんなさい」
嫁として失格である。
初めて私は懺悔を口にした。
此処で泣くのは卑怯だと分かっている。
膝に置いた拳を握り込んで、心を戒めている私に、お舅は静かに零した。
「自分の血を残したいとか、そういうの。男は多分、本当に産まれた時に思うものだと思うよ」
顔を上げた私に向かって、お舅は恥じらうように頭を掻いた。
「男なんてのは基本的に自分中心の馬鹿ばっかりっていうのが相場なんだ」
お舅自身にも子供が欲しいと望んだ時期は無く、そして孫にも執着心は特に抱いていないと、私に明かしたのだ。
「紀子さんはどうしても真司との間に子供が欲しかった。一方で、真司の奴は産まれたら産まれたで嬉しいって、きっとあの頃の俺と同じでその程度のもんだったんだ。そりゃ、互いに食い違ってくるってものだよ」
お舅は子供にするように、私の頭を撫でた。
「産まれてもいない子を想う女の気持ちは、男には分からないものさ」
だからこそ、深く話し合わねばならなかったのだと、私も頷いた。
「諦めたんじゃない。紀子さんは我を引っ込めただけだ。後はもう、神様に預けとけばいいさ。子供は生れてくる気になったらそのうちに出て来てくれるさ」
もう気にするなと、お舅は私を励ましてくれていた。
『ほらな?産まれたろう?』
お舅が得意げに笑う声が聞こえた気がして、白い雲が筋を引く青空を私は眺めていた。
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