隠し事の勧め

21/21
前へ
/66ページ
次へ
 お姑は眦を引き締め、顔を強張らせた。 「いつから気付いていたの?」 尋問口調で私を問い詰める。 「さ、最初に気づいたのは真司さんです。(たける)さんの息子――大翔(ひろと)君の血液型がおかしいって……」 私は事の経緯をお姑に説いた。 「……そう。そうね」 気付いていて黙ってくれていたのねと、小さく零した。 ──そ、そうなのだ。 真司さんはずっと、私のことを気遣って、切り出そうとしなかった。 それなのに、私はその心遣いをいともあっさりと……。 ──私も尊さんのことをとやかく言えたものじゃないわね。 軽く反省するも、切り出してしまったことは、今更収められない。 私は聞く覚悟を固めて、お姑を見つめた。 「尊は間違いなく私と亡き夫との子よ。戸籍上と、それに実質もね」 実質――母親の場合は子供を産んだ時点で親子関係が確定する。 その言葉で私の推測は正しいと確信を得る。 「違うのは遺伝子、そういうことですか?」 「そうよ。尊は私の妹と、その夫の遺伝子を持つ私たちの子よ」 お姑は我が子だと、何度も力強く主張した。 「はい。私も、真司さんもそこに疑いは抱いていません」 私も同じようにはっきりと主張する。 お姑は『よろしい』と、まるで上官のように頷いた。 「妹の夫のことは、紀子さんにも、真司にも、それに尊にも何一つ告げるつもりはないわ。夫がそうしたように、私も墓場にきちんと納める心積もりです」 厳しい物言いだったが、そこに怒りがあるわけでも、憎しみがあるわけでもない、落ち着いた声音だった。 お姑は淡々と業務連絡のように、決定事項を私に告げているだけだ。 「はい」 そのようにすると、私は誓うように胸に手を添えていた。 「子宮癌になった妹が、せめて体外受精で子を望めないかと私に打診してきたの。妹の夫もそれを承諾していて、後は私が頷くか否かだった。私は妹の助けになるならと、二つ返事で代理母を了承したのよ」 私が予想した通りのことを、まるで答え合わせのように淡々とお姑は口にする。 「代理母制度の確立していない日本では難しいからと、私たちは海外で施術を受けたわ。そうして産まれたのが尊よ。本来ならば、そのまま妹夫婦に養子縁組する筈だったの」 けれど、妹さんは敢え無く儚い人となった。 「歩道橋から転落して、妹は事故死として処理された。けれど……」 そこでお姑は、思案するかのように、口元に指先を添える。 「自殺だったんじゃないかって、妹の夫は考えていたわ。何度考えても、私は答えを出せないの。まさかそんな筈はないと、言ってやれなかったことが事実よ」 「言っていれば、何かが変わったのか?と、そればかりよ」と、力なくお姑は頭を振った。 「妹が死んだのは、切除した筈の癌が、骨に転移していることが分かったその日だったわ」 痛ましいその日を思い出し、お姑は眉間に深く皴を寄せた。 「妹にとって、なんら生きる希望にならなかったのであれば、惨いことね」 誰に対しての言葉だったのだろうか。 妹の夫? それとも産まれたばかりの尊さんだろうか? かつて腹に宿した命が、まだそこにあるかのように、お姑は自身の腹に手を添えていた。 「妹の亡き後、妹の夫は尊を認知することを拒んだの」 「それは……随分と身勝手ですね」 お姑は苦く笑っていたが、首を横に振った。 「身勝手だと罵るには、私も浅はかだったと言わざるを得ないのかもしれないわ。私は妹ばかりを優先させて、偏った見方をしていたのよ」 それには私が首を横に振る番だった。 「承諾していたのではなく、承諾させられていたのだろうと、やはり身勝手です」 責任ある男のすることではないと、私はきっぱりと言い切った。 お姑は、目をパチクリと開けて、何故か吹いてしまう。 「ふふっ、そうね。その通りだわ」 ――当事者でもないのに、つい、熱くなり過ぎてしまった。 そんな私に苦笑しながらも、お姑は話を続けた。 「妹亡き後まで、あの男は夫にも父親にもなれなかったの。その後は、どこぞの女性と再婚したらしいから、尊のことも、妹のことも無かったものとして暮らしているのではないかしらね」 お姑はその男に向けて鼻を鳴らすも、遠い昔を懐かしむように目を細める。 「うちの(ひと)はね、ただ一言、『ならもうずっと俺たちの子だ』って、それだけ」 お姑は間違いなく乙女の顔で、笑みを深めていた。 おそらくは、お舅に恋を重ねた瞬間だったのだろう。  お姑は笑みを零しながら、亡き夫を誇らしげに語る。 「私が代理母になると言い出した時から、『こっちはもうとっくに腹を括っていたんだから、良いじゃないか』なんて、あっさり言われたら、あの男のことなんて私もどうでも良くなったのよ」 これは惚れ込んでしまうのも当然だ。 お姑は、これ以上になく心強かったに違いない。 「格好良いですね」 「あら、私が選んだ人ならそれくらいは言ってのけるものよ?」 完全なドヤ顔である。 「それでも、やっぱり癪だから、尊の記憶には欠片でも入れたくないのよ。紀子さんも真司も、私にそれくらいの意地悪は叶えさせてくれるわよね?」 勿論、私はこれ以上に無いほど良い返事で、賛同していた。  お姑は気分を変えるように腰を上げた。 「さぁ、いつまでも年寄り扱い何て御免だから、悠真を連れて公園に行きましょうか」 悠真は公園と聞いて燥ぎたて、一目散に玄関に向かう。 「待って、悠真。上着を着ないとお外は寒いわよ!」 慌てて支度を整える。 「紀子さんも体力付けて、二人でも三人でも頑張って産まなきゃね。負けているのは名前だけで十分よ」 どうやら由紀子さんに二人目が出来たようだと知る。 「は、はい。がんばりますね」 とは言うものの、そこは神のみぞが知るだ。 『子供は来る気になったら来るもんだ』――そうですよね、お義父さま。 木漏れ陽の下で手を掲げ、私は眩い光に目を細める。 ――立原家は今日も安泰の模様です。 私は亡きお舅に向かって告げていた。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加