65人が本棚に入れています
本棚に追加
結婚の勧め
出張先は古都、奈良。
どうせなら京都が良かったよな……とは、奈良県民に失礼だろうと自粛する。
この春に全面改修されたという研修施設は、文句なしのリゾート施設ばりであったのだが、如何せん周りは長閑な山林に囲まれ、缶詰とはまさにこのことだった。
「三日間の徹底講習って訳ね」
ちょっと夜の街に繰り出し――なんてことの出来る繁華街は元より、コンビニもない。
鷲か鳶か知らないが、ヒィヨロロォォと羽を広げて空を過ぎて行った。
『きゃあっ、もうぅ!最悪』
『ちょっと、やだぁ』
都会の喧騒とは縁のない場所とは言え、きゃいきゃいと何やら燥ぐような声が聞こえてくる。
俺はチラリとそちらに目を向けた。
「ああ。ゴルフね」
穴場を狙ったただの観光客かと思えば、どうやら接待ゴルフのようだ。
遠く裏手のフェンス越しに壮年の男が、綺麗どころに囲まれているのが視えた。
「今どきあんなのやってるとこは、やってんだな……」
景気の回復の兆しに思えて、結構なことだと他人事に思う。
俺――立原真司は、勤続年数三年目を迎えた若手の人材育成研修の講師補佐として駆り出されていた。
その合間を縫って、ひと息付きに少しばかり野外に出てきたのだ。
俺に煙草を嗜む習慣はないので、喫煙スペースを避けて風上に位置するベンチに腰を落とした。
そんな俺に気づいて笑みを乗せてきたのは、同じく講師補佐の一人。
「お疲れさん。どうよ、実りは?」
こいつは、同期で営業一課の水野。
俺はこの春から二課に移ったばかりだった。
この研修は外部から専任の講師を招いてあるのだが、中堅と呼ばれる世代――本社の主任クラスが補佐として必ず受け持つことになっていた。
主な理由は、若手と親睦を深めるという意味合いが強く、一課からは水野が、そして二課からは俺が派遣されていた。
「豊作だと思うぜ?名指しで言えば、渡、佐野、あとは……橋本が特にてとこか」
事実として、彼らは各支所でもホープだと聞こえの良い者らだった。
仕事に対して向上心があり、何より人当たりの良い空気感を纏う者らだと感じていた。
「ふぅん、そういうとこは相変わらずだな、お前」
「?」
「優劣付けるんじゃなくて、優だけを引き上げてくる」
「何だよ、別に劣は見当たらねぇよ」
三年もった奴らだ。
猛者の仲間入りは既に皆が果たしている。
「そうか?中にはよくこれで三年もったなって奴もいるんじゃねぇの?」
水野は苦笑いを零した。
「そんな上から目線でいられるかよ、俺だってよくこれで主任になれたなって、上には思われているかしれねぇのに」
天を仰いで俺は苦く笑う。
実を言えば、俺は上司と折り合いが悪くて二課に異動になった口だったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!