結婚の勧め

4/25
前へ
/66ページ
次へ
 今の俺ならば、もう少し杉山代理とうまく折り合いを付けて、分かり合えたこともあったのではないかと思う。 おそらく、もうその機会は巡っては来ないだろう。 「若気の至り――っていうには遅いが、二の舞にだけはならないようにするよ」 主任としての経験談というお題で壇上に立っていた俺は、苦い経験として受け止めていることを話した。  水野のような目を持たない俺にはあいつと同じことは出来ない。俺は俺なりの誠意で彼らに挑むしかないのだろう。 腹を割って話さないことには、信頼というものは勝ち取れない。 それがこれまでの経験から俺が学んだことだった。 「お前みたいな奴は必要。それは絶対だ。俺には出来ないからそれが分かる。ま、勿論、俺みたいなのも必要だけどね」 茶化した笑みを覗かせ、水野は煙草を吹かしに来た。 「――と、悪りぃな」 水野は点けたばかりの煙草を揉み消す。 「何だよ?別に構わないぞ」 「俺が構うんだよ。さっき、『水野主任ってタバコ吸わなきゃ完璧なのにねぇ』なんて女どもが騒いでんのを聞いたんだ。なぁ、俺って『理想の』らしいぜ?」 「くくくっ。お前が?どれだけ猫を被ってるんだよ?」 理想のでないところが如何にも水野らしいと、俺は吹き零す。 「理想の上司の座はお前に譲ってやるよ。かぁぁ、互いに妻子ある身は辛れぇよな」 「二人目が出来たんだったか?」 「そ、秋口には産まれる予定。たくっ、抱えるもんばっか増えていきやがる」 憎まれ口とは裏腹に、水野は闊達な笑みを覗かせている。 禁煙する気になった本当の理由はそれかと、当りを付けた。 「人の子の親になったのなら、泣き言は言ってられないしな」  第二ラウンドの幕は明けた。  父親として俺があの父にどこまで近づけるのか分からないが、今や必ず同じ位置に立ってみせるという意気込みは十分にある。 それに、ずっと見て来た背であるからこそ、辿り着けるはずだと謎な自信が俺にはあった。  護るべき者らがいる身というのは不思議なもので、なぜか強さを纏えるものだと知った。  俺たちは身を粉にしても戦い抜き、勝ち残らねばならないというのに、それを重荷に思うよりも、誇らしく思えるのだ。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加