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今の俺ならば、もう少し杉山代理とうまく折り合いを付けて、分かり合えたこともあったのではないかと思う。
おそらく、もうその機会は巡っては来ないだろう。
「若気の至り――っていうには遅いが、二の舞にだけはならないようにするよ」
主任としての経験談というお題で壇上に立っていた俺は、苦い経験として受け止めていることを話した。
水野のような目を持たない俺にはあいつと同じことは出来ない。俺は俺なりの誠意で彼らに挑むしかないのだろう。
腹を割って話さないことには、信頼というものは勝ち取れない。
それがこれまでの経験から俺が学んだことだった。
「お前みたいな奴は必要。それは絶対だ。俺には出来ないからそれが分かる。ま、勿論、俺みたいなのも必要だけどね」
茶化した笑みを覗かせ、水野は煙草を吹かしに来た。
「――と、悪りぃな」
水野は点けたばかりの煙草を揉み消す。
「何だよ?別に構わないぞ」
「俺が構うんだよ。さっき、『水野主任ってタバコ吸わなきゃ完璧なのにねぇ』なんて女どもが騒いでんのを聞いたんだ。なぁ、俺って『理想の彼氏』らしいぜ?」
「くくくっ。お前が?どれだけ猫を被ってるんだよ?」
理想の上司でないところが如何にも水野らしいと、俺は吹き零す。
「理想の上司の座はお前に譲ってやるよ。かぁぁ、互いに妻子ある身は辛れぇよな」
「二人目が出来たんだったか?」
「そ、秋口には産まれる予定。たくっ、抱えるもんばっか増えていきやがる」
憎まれ口とは裏腹に、水野は闊達な笑みを覗かせている。
禁煙する気になった本当の理由はそれかと、当りを付けた。
「人の子の親になったのなら、泣き言は言ってられないしな」
第二ラウンドの幕は明けた。
父親として俺があの父にどこまで近づけるのか分からないが、今や必ず同じ位置に立ってみせるという意気込みは十分にある。
それに、ずっと見て来た背であるからこそ、辿り着けるはずだと謎な自信が俺にはあった。
護るべき者らがいる身というのは不思議なもので、なぜか強さを纏えるものだと知った。
俺たちは身を粉にしても戦い抜き、勝ち残らねばならないというのに、それを重荷に思うよりも、誇らしく思えるのだ。
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