結婚の勧め

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 それにしても――。 「七年かぁ……」 菜穂さんの後で私はお風呂をいただきながら、感慨深く湯舟に腰を落ち着けていた。  夫と私の恋人期間は一年も満たないものだ。 そこで少しばかり私に置き換えて、想像してみた。 ――もし、今、夫とセフレの関係であったのなら? 週末、仕事終わりの金曜日、ホテルデートを繰り広げ……るの? ズキューンと心音が慄いた。 一息に逆上せてしまった顔を隠すように、私は湯にブクブクと沈んだ。 不慣れな想像なんてするものではない。 心音が煩い。 そして苦しい。 益々逆上せ上って、身を起こした。  今更に恋焦がれているなんて、菜穂さんが知ったらそれこそ鼻で嗤われるに違いない。 でも、ここで私は声を大にして言いたい。  妻だって、奥さんだって、恋をする!!!  日常が邪魔をして、余計にこうした方面に臆病になる。 色仕掛けなんてことも、恋人であった頃の方がきっとずっと軽かった。 恋だの愛だの、もう何とも思っていないなんて、そんなのは嘘っぱちだ。 世間が鬼嫁だ、何だと、面白可笑しく取り上げてくれるものだから、そうしたキャラを演出しているだけで、そうした奥様たちも、うちのお姑だって、心の片隅で恋をしている。  夫であるあなた様にね!!! ただ、恋人だったころのように素直に表せなくなるのだ。  幾ら傍に在っても、反面で色恋においては、まるで分からなくなる。 恋人たちの終着点、結婚を迎えれば確かに恋人ではなくなるのだ。 知らずとして、同じ延長線上ではなくなる。 おそらく一緒にいる理由が『好き』以外にも増えるからだ。 これまで単純明快であったことが、複雑に絡むのが夫婦だ。 踏み込んでいいの? 今更ガラじゃないって、呆れる? こっちはそんな気になれないなんて言われたら? ズキンと五寸釘が刺さって、怖くて踏み込めない。 ――あ、不味い。 過去の記憶を揺さぶられて、涙が出て来た。 お風呂で良かった。 スッキリ流してしまえる。  歳月を経るほど夫に恋をすることが、難しくなる。 自分にも自信がなくなり、ずっと、ずっと臆病になる。 でも、それは、きっと、多分、夫の方も同じなのだ。 同じだと信じて、万倍の勇気を奮い立たせて、手を伸ばす。 お願い拒まないで……。 そう祈りを込めて、その指先に触れるのだ。 しっかり繋ぎ合わせた手の温もりは、恋人であった時に数えきれないほど繋いだ手よりも、万倍も深く、愛おしく、安心と歓びを与えてくれる。   先ほどとはまるで真逆の、それでいて同じ、恋焦がれる涙で目頭が熱くなる。 「大好きです」 言えない言葉を声にした。 ――へへっ……。 独り言でもやっぱり恥ずかしい。    出張が明けるのは明日だ。 いつもは行ってらっしゃいのハグだけれど、出迎えのハグにチャレンジしてみようかと、私はにやけた笑みを忍ばせていた。
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