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「はー、美味しいものが食べたい」
パソコンデスクに両足をのっけてあたしがボヤく。
『旨の素の買い置きキッチンに残ってるじゃん?』
メッセンジャー通話でショータくんが突っ込む。
「いや旨の素は美味しいものじゃないでしょ。調味料じゃん」
黒縁眼鏡のレンズをジャージの袖で拭ってひとりごちるように反論するが、彼はどこ吹く風だ。
『調味料なんだから美味しいのは必然でしょ』
「いやそうだけどさあ? あたしが言いたいのはそういうのじゃなくってさあ」
一昨日から洗っていないパサパサの髪を掻き毟りながら体を起こす。
「こう、もっと動物的っていうかさあ、生き物の旨味を求めてるわけよ。わかる?」
『あー、わかるー。人間ってそういうの好きだよね!』
よし、わかってない。
『成分の起源に貴さとか正しさみたいな認知が発生するの、信仰って概念を持つそこそこ知性の発達した人類ならではの反応だよね!』
「う、うーん? ええ?」
『でもぶっちゃけ味覚神経が受容する成分に違いはないからキョーコちゃんが食べたいって美味しいものと旨の素の間に物理的な差は』
「ストップ! ストーップ!!」
『なにさー』
彼の一方的な語りを強引に中断すると、あたしはひとつ息を吸って断言した。
「あのね、美味しいものが食べたいってワードのなかには一言では説明できない複合的な雑味の重なりっていうか積み重ねを求める欲望の深淵があるのよ」
『でも厚切りの牛肉を加熱しただけの物体も好きだよね』
「あれにはあれの重なりがあるの! っていうかソースとか付け合わせとかあるでしょ!?」
『あ、うーん、はいw』
この野郎語尾が笑ってるわよ!?
『旨味成分を味覚神経に与えて多幸感を得たい、というシンプルな欲求ではないんだねってことは理解したよ!』
「お、おう……まあそれでいいや。というわけで、あたしは美味しいものが食べたいわけよ」
『ふーん。具体的には?』
「美味しいもの」
『具体的: 単に思考されるだけでなく、直接に知覚され経験されうる形態や内容を持っているもの』
「具体的というワードの解釈については議論の余地がありそうね」
『そっかなー。なくない?』
「なくなくない。なんかアイデアない? 美味しいもの」
もう投げっぱなしである。しかし意味がわからないくらい杓子定規な反面、こういう曖昧な注文にも対応できるのが彼のいいところだ。
『そうだねー、じゃあ、間を取った感じの美味しいを詰め込んだものを作ってみよっか!』
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