第7話 雲行き

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第7話 雲行き

 月曜日。その日、午後のホームルームが教師の都合により早めに切り上げられ、いつもより早く帰ることができた。  俺は速攻でコウの家へ訪れる。  ここ数週間。すっかり放課後はコウの家に行く事が日課となった俺に、家族も当たり前のように受け止めていた。  丁度、玄関のドアを開けた所で──この頃にはすっかり信用され、合鍵で勝手に入ってきていいとコウに言われていた──ガタンと派手な音が奥から聞こえてきた。浴室の方だろうか。  その後、言い争うような声がして、清が飛び出してきた。顔を真っ赤にして、いつかと同じように口元を拭っている。  それよりも、胸のはだけたシャツに、下着一枚でいることに目が行った。明らかに乱れている。 「清?」 「あ…、すば──」  俺を見て、泣く一歩手前の様な表情になった。その背後、すぐに大きな影が現れて、清の腕を掴んだ。 「逃げんなって。最後までやろうぜ」  どこか面白がるような声音。進士だ。  俺の存在に気づいていないようだったが、石のようにぴたりと動かなくなった清を不審に思い、視線を上げ、そこで漸く俺に気づいた。 「なんだ。お子様が来てたのか? いつもはもっと遅いのにな。せっかく見せつけてやろうと思ったのに。残念」  言いながらも、清の手を放そうとしない。逆に引き寄せ抱きこもうとした。 「放せっ!」  清は思い切り進士の脛を蹴り上げる。  それには流石に進士も手を離さないわけにはいかなかった。 「っ! のぉ…」  逃げ出そうとした清を、進士が直ぐに手を伸ばし押し倒す。  そのままキスしようとしたのを、俺は思い切りその身体に体当たりし跳ね飛ばしていた。 「すばる…」  清が驚いた顔をして見上げている。  俺は正直小柄だ。けれど、これでもスポーツは万能。力にはある程度自身がある。見た目ほどひ弱ではないのだ。 「好きな奴を無理やり襲うって、可笑しいだろ? 何考えてんだよ。あんた」  清を背後に庇い、俺は廊下に仁王立ちになった。進士は跳ね飛ばされ、したたかに壁に背を打ち付けたらしい。 「ったく。面倒くせぇのが…」  身体を起こし、髪をかき上げる。それからゆっくりと顔を上げ。 「別に、いいだろ? 俺と清はもうやったことあるんだし。今更だって。お前こそ、邪魔なんだよ。知りもしないくせにしゃしゃり出てくんじゃねぇよ」  清の肩がビクリと揺れた。進士の鋭い視線。まるで挑戦するような。  やったことある。──そうか。だから清は。  俺はひとつ、大きく息をすいこむと、 「でも、今は嫌がってる。好きなら本気で逃げないだろ?」 「……っ」  清が息を飲んだのが分かった。  そんなの、薄々勘づいていた。何も知らない子供じゃない。  ただでさえこの年齢はそういった事にアンテナを張ってる。興味がない筈がない。  手をつないで終わりなんて、それで済むはずがないのだ。 「俺は、ずっと小さい時から、清と一緒に育ってきた。だから、どんなに隠したって、清が何を感じているかは分かっているつもりだ。今の清は本気で嫌がってた…。もし、本気で清を好きなら、そんなこと出来るはずがない。あんたは、清を好きなわけじゃない。一方的に手に入れたいだけだ。そんなの自分勝手な押し付けだ。あんたが好きなのは自分だけだ。それに巻き込むなよっ」  進士は睨みつけてくるが、次の瞬間にはふっと口元に苦笑を浮かべ。 「あ~あ。やだね。こんなガキに見透かされてさ。…清、済まなかったな? けど、俺だって自分の為だけにお前を利用してるわけじゃないんだぜ? それだけは覚えとけよ」  立ち上がって、そのまま俺と清の横を通り過ぎ、玄関を出ていった。
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