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男は不思議そうな顔をして、その後、ああと頷いて笑い出す。
「俺のこと、警戒してんの? 大丈夫だって。俺、女のコ大好きだからさ」
「あ、いえ! その、今まで見たことなかったんで──」
「ウン。だと思う。けど、俺は結構見てたぜ? 良くここに遊びに来てただろ?」
男は髪をかきあげつつ、先にリビングへと入って行った。先に行ったことで、幾分ホッとした。
俺の視界には男の背しか映っていない。これなら何かあっても逃げられる。
俺が恐る恐る、リビングへと足を進めた所で、唐突に背後のドアが音を立てて閉まった。
ハッとして、思わず振り返ると、そこには腕を組み、にこりと笑んだ進士が立っていた。
「進士、さん?」
「この前は、色々言ってくれたね? せっかく色々ご指摘頂いたからには、充分、そのお礼をしないとと思ってね」
「……!」
俺は後ずさるが、その肩を背後から掴まれた。がっしりとした手が肩に喰い込む。
「俺、付き合うのは女のコだけどね、遊ぶならどっちでもいけんの」
男の息が耳元を掠め、鳥肌が立つ。
「何、するつもりだよ…。俺みたいなガキ、興味ないんだろ?」
「俺の趣味じゃないな。けど、遊びならなんだっていい。清だってこれくらい普通にやってたんだぜ? アイツがどれだけ乱れてたか知らないだろ?」
「清は違うっ!」
思わず突っ掛かれば、急に肩を引かれ、隣にあったソファに押し倒された。見知らぬ男が、上から伸し掛かって来る。
「ここで、二度と清には近づかないって約束したら、逃してやる」
男の手が汗ばんだシャツをはぎ、下のTシャツまでたくし上げた。
「うわっ、高校生ってだけで唆るな」
「は、離せっ! 未成年に手を出すのは犯罪だ!」
すると進士は苦笑し。
「そんな脅し、効くと思うか? 証拠写真は撮るつもりだ。動画もね。清にも外部にも漏らされたくなかったらうんと言えよ」
「お、俺なんか、ちっとも良くないぞ! 顔だって十人並み出し、か、身体なんてガリガリだし──」
そうだ。俺なんて、その辺のよくいる高校生で──。
「だからいいんじゃね?」
俺に覆いかぶさっていた男が、感触を楽しむ様に胸を撫で上げた。見知らぬ男の手に、ゾゾッと背筋に冷たい物が走る。
「…それ以上、触んなっ! 楽しくもなんともないぞ!」
「うるせぇガキだな? まじでウンって言うまで待つ気か。進士」
俺に覆いかぶさった男は、面倒くさそうに進士を振り返る。進士は軽く息を付くと。
「返事は?」
「そんなの、ウンなんて言うと思うか? 言っとくけどな、こんな事したって俺は清の傍、離れたりしないからな? 一体、何年傍にいたと思ってんだよ。こんな事位、なんとも──」
「へぇ。でも、肝心の清が嫌がるんじゃねぇの?」
進士の言葉に、流石にビクリと身体が震えた。
俺がもし、ここでこいつらに何かされて、その後、清はどう思うだろうか?
俺はいい。百歩譲って自業自得だ。ろくに確認もせずに飛び込んだのだから。
けれど、清はどう思うだろう。
間違って自分を責めたりはしないだろうか。俺を見るたび、この事を思い出して。
そんな事になれば二人の関係もどこかギクシャクしたものになるのではないか。
その不安が過ぎった。
ここであった事は、何にせよ、清には言えない。
「なんだ? 急に大人しくなったな?」
「あんたって、ホント最低だ…。こんな汚い手使ってまで、清に振り向いて欲しいって。もっとちゃんと、心からぶつかればいいだろ? そしたら清だって…」
「清はお前がいいんだと。振られてもまた何度でも告白するって言ってたな。まともにやってたら勝ち目ないんだよ。お前が潔く身を引けば全て上手くいく。二度と清が追ってこないように、きれいに振ってやれ」
「…あんたに指図されることじゃない」
「強情だな? いいよ。もう。こいつは何を言ってもダメだ」
「ふうん。じゃ、遠慮なく──」
「っ! ふざけんなっ! 俺が大人しくやられると思うなっ」
両腕は拘束されているが、辛うじて身体は動かせる。必死に身を捩り、男の迫りくる手を避けようとするが、思うように行かない。
「ったく。面倒くせぇな!」
余りに暴れるため、無理やり身体を反転させられ、今度は背後から羽交い締めにされる。
これには抵抗の仕様がなかった。それでも、諦めるわけにはいかない。
「大人しくしてればいい思いさせてやるって」
冗談じゃない!
こうなったら何が何でも抵抗を──。
「すばる!」
え──。
そこで、聞こえるはずもない声を耳にした。
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