88人が本棚に入れています
本棚に追加
あれから五年。
清は二十三歳となっていた。
大学も卒業し、大手出版会社に就職し。
忙しい日々を送るが、片時もすばるの事を忘れたことはない。
そういえば、明日、金星食だったな。
五年ぶりだった。
三日月の下へ金星がまるで飾りのように輝くのだ。すばると見る約束をした。
あの日の約束は、忘れたことがない。
結局、あの日。俺は見ることはなかったけれど。
すばるの母は、失踪宣言は申し立てていなかった。状況から見れば死亡も確実なのかもしれないが、まだ五年。もう少し、時間が必要なのかも知れない。
清は早めに仕事を切り上げ、約束した公園へ向かうことに決めた。
本当は、そこで告白の答えを聞くはずだった。
答えは聞かずとも分かっていた気がする。
だって、すばるはちっとも俺から逃げなかったのだから。
あの態度を見ていれば、断ることなどないと分かっていた。それでもすばるから聞くまでは確信が持てない。
もし、断られたなら。
その時は必死に泣き付こうか。せめて、お試し期間をと頼もうか。
すばると別れると言う選択肢はなかった。
あれこれ、妄想していたよな。あの時。
結局、すばるの遭難によって、全てなしになったのだが。
その後、サーフィンもやめ、コウの元を訪れるのもごく稀になった。
心を氷のように固めて、誰も受け入れなかった。
俺が受け入れるのは、すばるだけ。
駅の改札を出て、徒歩で公園に向かう。
実家からはそう遠くないが、今住んでいるマンションからはかなり離れている。
それでも、見に行こうと思えた。なぜかは分からない。行かないといけない、そう思えたからだった。
そして、今。
目の前にすばるがいた。
海で遭難する前の、まだ高校生のすばるが。
「なんで、泣いてんだよ?」
懐かしい声。
だって、だって君は──。
「俺さ、ちゃんと言う」
そう言うと、俺の肩を起こし、顔を覗き込んでくる。
「すばる…」
「俺は、清が好きだ。誰にも負けないくらい、好きだ」
笑顔でまっすぐこちらを見つめ、すばるは答える。
「俺も! 俺も──」
と、唐突に目の前からすばるが消えた。
空を見上げれば、すっかり月と金星が離れてる。金星食が終わったのだ。
ほんの僅かな時間。
どこがどうなったのか、あの時のすばるがここにいた。
まぼろしではなかった。
掴まれた肩にはしっかりと温もりが残る。
星が見せた奇跡だったのだろうか。
「すばる…」
あとは声にならない。涙があふれた。
とめどなく溢れて、枯れる事はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!