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そして、今。
俺はこうして、清の部屋を恐る恐る訪れたのだった。
「なあ、どうしたんだよ?」
清は俺の問いに、ピクリとも動かない。
そっと近づいて、畳の上に膝を付くと、その肩に手をかけた。薄いブルーのシャツ越しに、清の息づかいを感じる。
「清、俺何かしたか? …悪いことしたなら謝る」
シュンとしながらそう言えば。
「すばるは、──悪くない」
「清?」
「悪いのは…、俺のほう」
「何で? 清、何かしたか?」
すると、こちらに背を向けたまま清はクスリと笑った。
「すっごい悪いよ。俺──」
どうして──?
そう問いかけようとした俺の手を、起き上がった清が、振り向き様いきなりつかんできた。
そのまま引かれ、気がつけば清が俺の上に覆い被さっている。
「清?」
ゴロンと畳の上に転がって、暗がりで表情の見えない清を見上げる。清が、つかんだ手に力を込めるのを感じた。
「俺は、さ。いっつもすばるのこと、汚してる…」
「はぁ? 何で? 俺、どこも──」
言い終わらないうちに、唇に少しひんやりとした、でも柔らかいものが触れた。
それは、ほんの僅かに触れてすぐ離されたが。
「もう、限界なんだ…」
掠れた、切ない声音。
ああ、これって──キス…。
ようやく事態を理解して。まだ、唇が触れそうなほど先で、俺を見つめる清。
「って、清…?」
カアッと頬が熱くなる。
「好きなんだ。すばるの事。ずっと、前から──」
もう一度、泣きそうな声と共に降ってきたキスはかなり大人なそれで。
「──っ」
途中、喘ぐように息を付くが、すぐにそれを飲み込まれた。
いつの間にか、頬に添えられた清の掌が、とても熱い。キスだけなのに、身体全体が熱くてたまらない。
苦しくて、清のシャツを掴んでクシャクシャにする。
その清の手が、俺のTシャツの裾を捲り、腹の辺りに触れてくる。熱いその手に、思わず身体を震わした。
その時、ようやく我に返ったのか、清が動きを止めた。身体を覆っていた熱がすっと去っていく。そうして。
「──ごめん…」
相変わらず、暗くて清の表情が分からない。
けれど、ぽたりと頬に落とされたものが何かは分かった。ほんのりと温かいそれは。
──泣いて、る…?
「ごめん。俺、どうかしてる──! こんな──、ごめんっ!」
離れた清はそのまま、部屋を飛び出して行く。俺はしばらくそのまま、天井の木目を眺めていた。
清のやつ、何処行ったんだ? ここ、あいつの部屋なのに──。
飛び出していくべきは、俺の方だろう。
投げ出したままの手首に残る、清の熱。それは、触れられたそこかしこに残る。
「…あいつ…、俺の事──?」
好き、なんだって──。
それから。
清は俺の傍らに立たなくなった。毎日、顔を会わせない日は無かったのに。
それが、清との関係が一変した始まりだった。
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