第1話 金星食

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 そして、今。  俺はこうして、清の部屋を恐る恐る訪れたのだった。 「なあ、どうしたんだよ?」  清は俺の問いに、ピクリとも動かない。  そっと近づいて、畳の上に膝を付くと、その肩に手をかけた。薄いブルーのシャツ越しに、清の息づかいを感じる。 「清、俺何かしたか? …悪いことしたなら謝る」  シュンとしながらそう言えば。 「すばるは、──悪くない」 「清?」 「悪いのは…、俺のほう」 「何で? 清、何かしたか?」  すると、こちらに背を向けたまま清はクスリと笑った。 「すっごい悪いよ。俺──」  どうして──?  そう問いかけようとした俺の手を、起き上がった清が、振り向き様いきなりつかんできた。  そのまま引かれ、気がつけば清が俺の上に覆い被さっている。 「清?」  ゴロンと畳の上に転がって、暗がりで表情の見えない清を見上げる。清が、つかんだ手に力を込めるのを感じた。 「俺は、さ。いっつもすばるのこと、汚してる…」 「はぁ? 何で? 俺、どこも──」  言い終わらないうちに、唇に少しひんやりとした、でも柔らかいものが触れた。  それは、ほんの僅かに触れてすぐ離されたが。 「もう、限界なんだ…」  掠れた、切ない声音。  ああ、これって──キス…。  ようやく事態を理解して。まだ、唇が触れそうなほど先で、俺を見つめる清。 「って、清…?」  カアッと頬が熱くなる。 「好きなんだ。すばるの事。ずっと、前から──」  もう一度、泣きそうな声と共に降ってきたキスはかなり大人なそれで。 「──っ」  途中、喘ぐように息を付くが、すぐにそれを飲み込まれた。  いつの間にか、頬に添えられた清の掌が、とても熱い。キスだけなのに、身体全体が熱くてたまらない。  苦しくて、清のシャツを掴んでクシャクシャにする。  その清の手が、俺のTシャツの裾を捲り、腹の辺りに触れてくる。熱いその手に、思わず身体を震わした。  その時、ようやく我に返ったのか、清が動きを止めた。身体を覆っていた熱がすっと去っていく。そうして。 「──ごめん…」  相変わらず、暗くて清の表情が分からない。  けれど、ぽたりと頬に落とされたものが何かは分かった。ほんのりと温かいそれは。  ──泣いて、る…? 「ごめん。俺、どうかしてる──! こんな──、ごめんっ!」  離れた清はそのまま、部屋を飛び出して行く。俺はしばらくそのまま、天井の木目を眺めていた。  清のやつ、何処行ったんだ? ここ、あいつの部屋なのに──。  飛び出していくべきは、俺の方だろう。  投げ出したままの手首に残る、清の熱。それは、触れられたそこかしこに残る。 「…あいつ…、俺の事──?」  好き、なんだって──。  それから。  清は俺の傍らに立たなくなった。毎日、顔を会わせない日は無かったのに。  それが、清との関係が一変した始まりだった。
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