第2話 隠れ家

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 コウがコーヒーミルで豆を挽く。  コーヒーのいい香りが部屋に漂い、それだけであれば、幸せになれるはずの香りだった。けれど、清との間の空気は重い。 「すばる君、だっけ? 今日はどうすんの? 明日、休みでしょ。泊まってけば?」 「はぁ?! 何、言ってんだよ?」  俺が答える前に、清が声をあげた。コウは肩をすくめると。 「だってもう、十五時過ぎだし。これからお茶してお話しすれば、もう夕方だよ? ここ、交通の弁良くないし。すばる君、バスできたの?」 「えっと…、はい!」  確か行きのバスの本数は少なかったが。 「そのバス、帰りの便もうないから」  ヘラリとコウが笑って見せる。俺は驚いてキッチンに立つコウに目を向けた。 「って、まだ十五時なのに?」 「そ。ここ環境はいいんだけどねぇ。車ないとやってけないのよ」 「コウが送って行けばいいだろ?」  清は苦虫を噛み潰したような渋面つくる。 「やだよう。お酒、飲みたいし。湊介(そうすけ)も来るって言ってたし。アキとマナも来るって言ってたな?」 「せっかくの休みに良く来るよな? ここ、仕事場だろ?」 「ま、居心地いいんだろ? 明日の仕込みもあるみたいだし。って、ここ昼はカフェとしてランチ提供してるんだよ。湊介ってのがメインで料理作ってて、アキはその補助。マナは接客してるんだ」  コウは俺を振り返って説明してくれた。 「っとに。ここ、昔より落ち着かなくなったって」  清はソファの上で足を組み直し、嫌そうに眉をひそめる。すると、コウはフンと鼻息を荒くして。 「ここは、俺ん家。清はイソウロウ。了解?」 「…かってる」  ジロリとコウを睨み返すと、ため息を吐き出し。 「取り敢えずそう言う事だから。…俺がすばるの叔母さんに連絡しとく」 「え? いいよ! 俺が自分で──」 「お前話すとややこしくなりそうだし。俺がした方が早い」  確かに。何故か信頼度は息子の俺より、清の方が高い。俺の説明より、清の話を信用するだろう。 「…わかった。よろしく」  清はチラリと俺を見やったあと、廊下に出て俺の母親へ電話をかけた。  コウはコーヒーを人数分テーブルにおき、その背を見送ったあと、ソファに腰かけ顎に手をあて肘をつく。  俺はコーヒーにミルクだけ足して、口へと運んだ。 「清は君に手を出したって落ち込んでたけど、どこまでされたの?」 「?!」  ぶっとコーヒーを吹き出しそうになって、慌てて飲み込みむせ返る。 「アハハ! かわいい反応だねぇ? キスくらい? それとももうちょっと?」  え、遠慮はないのか?  俺は口元を手の甲で拭いながら。 「キ、キス…だけで、後は…」  腹辺りを撫でられた気もしたけれど、言うほどの事ではない。 「ふうん…。清って結構奥手だけど、好きになるととことん、好きになるからねぇ。前も付き合ってた奴とは──」  と、んんっ! と咳払いが聞こえた。見ればいつの間にか清が戻ってきていて、腕組みしてコウを睨み付けている。 「コウ叔父さん。余計な事、すばるに言うなよ…」 「ハイハイ。ちょっと世間話してただけだって」 「人の過去の汚点が世間話かよ。コーヒー持ってあっち行ってろよ」 「ったく。いったいいつからこんな態度デカイ奴になっちまったんだ? 小さい頃はほんっと可愛かったのに。邪魔者はあっちで仕事でもしてるよ」  コーヒーを手にリビングからダイニングテーブルに移って、こちらに背を向け置いてあったパソコンに向かう。 「清、付き合ってた事、あったんだな?」  正直、ちっとも気付いていなかった。あれだけ側にいて、清を知っていると思っていたのに。 「付き合ってたって程じゃない。てか、もうそんな話しどうでもいいんだ。そんな、終わった事より」  清はおもむろに俺に目を向けると。 「これからだ。で、すばる。どうしてここへ来たんだ?」  改めて清と向かい合うと緊張する。  俺は腹を決めて、清の眼差しを正面から受け止めると。 「…俺。嫌じゃない」  言ってから、じっと清を見返した。
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