第3話 告白

2/4
前へ
/30ページ
次へ
 泣いてなんか、いない。  別に、清が誰を好きになったって。俺との思い出が一番じゃ無くたって。  俺は──。  溢れそうになった涙をぐいと手で拭って、家から続く坂道を走った。  俺は──別に、気にしない?  いや。違う。俺が清の事が一番であるように、清にも一番であって欲しいんだ。  ずっと、自分だけを見ていて欲しい。  でも、それは俺の我が儘だ。  俺は、清の思いにさえ答えていないのに、そんなふうに思うなんて。  自分勝手だ──。  急に走って逃げ出してきた事が恥ずかしくなって来た。  家は民家の少ない小高い丘にあった為、道中、街灯も少なく人も歩いてはいない。  でも、バス停からの道は一本道で迷うことはなかった。  坂道を下りきると、チカチカと眩しいネオンが目に入る。行きのバスでは気づかなかった。  なんだろ? これ──。  思わず足を止める。ホテル名がライトに照らされ、その横に光る看板が設置されていた。そこには。 「二時間、四千円から…って?」  安い──のか? でも、ニ時間だけで四千円はどうなんだ? 確かに部屋は広いし綺麗そうだけど。  じっと看板前で立ち止まって覗き込んでいると、背後で男の声がした。 「君、なにしてんの? まさか──誰かと待ち合わせ?」  驚いて振り返ると、スラリと背の高い、体躯のがっしりした男が、肩にザックを背負い立っていた。  長めの髪は栗色で肩に掛かるくらい。目付きはやや鋭いものの、モデルでも通用するようなひと目を引く精悍な容姿だった。  男は訝しむ様にこちらを見下ろし。 「まだ高校生くらいだろ? こんな事してちゃ──」  男が俺の腕を掴んだ所で。 「すばる!」  鋭い清の声音。こちらへ駆け寄ると、男の肩に手をかけた。 「こいつ、俺の連れなんで。離して貰えますか?」  言いながら、一方の手で俺の腕も捉える。  しっかりと掴まれたそこは、絶対逃がさないと物語っていた。  しかし、男から返された返答は、予想をしなかったもので。 「おまえ──。清?」  男の顔がハッキリ見えていなかったらしい清は、首を傾げたあと。 「進士(しんじ)…さん?」 「ああ、やっぱり清か。久しぶりだな? コウはいるか?」 「う…うん」 「そうか。暫くお邪魔させて貰おうと思ってな? また後でな。てか、こんな所で堂々と待ち合わせすんなよ?」  にっと笑うと、清の肩をポンと叩いて、今俺たちが降りてきた坂を登っていく。  清は暫くポカンとしていたが、気を取り直して。 「進士さん…! 帰って来たの?」 「そ。今さっき、成田に着いたばっか」  こちらには振り向かずず、ひらりと右手だけ上げて去っていく。  清は意味ありげにじっとその背を見つめていた。  そんな清を見ているのがなんだか嫌で、その隙に腕をほどこうとしたが、それで我に返ったのか清は振り返ると腕を強くつかみ直す。 「どこ行く気だよ?」 「…帰る」 「どうして? 泊まってくって言ったろ?」 「いいだろ? 別に帰ったって…」  そっぽを向く俺に、清はため息をつくと。 「行こう」  無理やり腕を引いて、来た方向、コウの家へ歩きだす。 「って、清、どこに──っ」 「今から駅に行ったって、もう無いよ。終電終わってんの」 「ええっ!? まだそんな時間じゃ──」 「ここ、田舎なんだって。だいたい、すばる、危なっかしくて放っておけない」 「別に危なっかしくなんか──」 「さっきのホテル。ラブホだよ。入った事無くても聞いたことくらいあるだろ?」 「あれが──」  ちょっと派手で安価なホテルかと思っていた。清はチラとこちらを見やった後。 「あんな所でうろうろしてたら、ろくな目に合わないよ。会ったのが進士さんだったから良かったけど…。帰りたくなった理由は聞かないけど、もう今日は泊まってけよ?」 「…分かった」  清は俺の腕を掴んだまま離さない。離せば逃げるとでも思っているのだろうか。  清はなにも言わず黙々と歩き出す。何事か考えている様子。俺は続く沈黙に我慢出来なくなって、話題をふった。 「あの人さ。さっきの…知ってる人?」  俺の問いにふと視線を揺らした後、 「コウ叔父さんの友達。…それだけだ」  真っ直ぐ前を見つめたままそう口にした。  横顔には遠いなにかを思い出す様な表情が浮かんでいたけれど、それ以上、聞くのを躊躇った。  なんだかつついてはいけない気がしたからだ。  いや。聞きたくないんだ。なんだろう。触れたくない。  何となく、二人の間に何かあるような気がしたからだ。  俺と清はコウの家に着くまで、ひとことも話すことはなかった。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

88人が本棚に入れています
本棚に追加