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忘れ得ぬ唇の感触
今も、今でもあの日のあの何とも言えぬ柔らかくてチクチクする独特な感触を思い出して目が覚める。
あれ以来、オレはキスが大嫌いになった。
だから、今でも誰ともキスをしない。金輪際、キスなどしないだろう。
人生史上、最悪のトラウマだからだ。
ーストライク、バッターアウト!
鼓膜を破る様な大歓声の中、キャッチャーマスクを取り去ったあいつ がオレに抱き着いてきた。
「やったぁ! 甲子園だよ、後藤田!」
「おう、女房役のお前のお陰だ、矢藤!」
「そう、そうだ。オレ達の夢が叶ったんだ! うう、うううう……」
そう言って、バッテリーを組むキャッチャーの矢藤連が、オレ後藤田影晴に抱き着いたまま「わんわん」と声を上げて泣き始めた。
「お、おい。大げさだな。みんな見てるぞ」
「う、うん。嬉しくてさ、つい」
「だから、いい加減に離れ……」
ブッチュウーウーーンッ
「は!? はぁああああああああ? お前、何すんだ!」
なぜか、矢藤はオレの呼吸を奪うかのように、オレの口を封じるかのように、突然顔を上げたかと思えば、まるで獲物に食らいつく肉食獣の様に、オレの唇を、その汗まみれの唇で奪ったのだ。
「マ、マウンドでエースとキャッチャーがキスしたぞ!」
その光景は、決勝戦の会場に集まったオレの母校松蔭学園高校の生徒保護者、対戦校の学生の全ての両眼を釘付けにし、真夏のうだる様な球場をあっという間に氷点下の氷漬けにした。
そして、その日からだ。
付き合っていたマネージャーの麻生詠美との関係が、ギクシャクし始めたのは。
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