エピローグ

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「そういえば、火事のとき何を取りに戻ったの?」 優介がふと思い出したように顔を上げて問いかけると、夏生は「ああ、それは…」と呟いて箪笥の引き出しの中から風呂敷包みを取り出した。優介の前にそっと置いて結び目を解くと、中には黒の打掛と簪、そして栞が納められていた。 「これ…」 「ずっと、お守りだったんだ」 そう言って夏生は打掛を手に取ると、慈しむように蝶の刺繍をなぞる。 「楼を出るとき、何もかも忘れたくてみんな置いてきたんだ。だけどこれだけはどうしても持っていたかった。……俺、何度もいなくなりたいって思ったんだよ。辛くて、楽になりたくて。だけどその度にこの打掛や栞や簪が支えてくれてる気がした。優介が、支えてくれてる気がした。いつか自由になれる日まで、もう少しだけ頑張ってみようと思えたんだ」 顔を上げた夏生の目は、どこまでも真っ直ぐ澄んでいた。 「きっと俺も、もうずっと前からお前のことが好きだったんだろうな。…よかった。あの時、いなくならないで」 優介は何も言えなかった。言葉の代わりに込み上げてくる涙を隠すように、目の前にある体を力一杯抱きしめる。「痛ぇよ」と困ったように笑う夏生の声を聞きながら、優介はしばらくその体を離そうとしなかった。
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