〈第1部〉第1話

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「…父さん?」 畑作業を終えて帰宅した夏生は土間で項垂れている稔の姿を見て驚いた。 「夏生…っ、うう…」 「どうかしたの?平気?」 「もうこれしかないのか…こんなの…あんまりじゃないか……」 うわ言のようにつぶやく父の周りには税として納めるはずの農作物が転がっており、夏生は徴収人が来たことを察した。 夏生は幼いながら頭の切れる子供だった。貧乏故に十分な教育は受けられていなかったものの、洞察力に長け、僅かな変化をも敏感に感じ取りいつでも冷静に物事を見ていた。…だから現在のこの状況も、すぐに読み取れてしまった。 最近ぱったり姿を見なくなった友人がいる。風の噂で聞いて半信半疑だったが、父の様子からそれは確信に変わった。 ―――俺も売られるんだ――― 突然突きつけられた現実に体が震える。逃げ出してしまいたい、ここから。…けれど何処へ?そのあと両親はどうなる?土地を取り上げられ、住むところを失くし、待っているのは確実な『死』だ。 逃げることなんてできないのだ。この地獄のような日々からは。残酷すぎる現実からは。
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