レッスン1 出会いと別れ

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「こんにちは。今日も安達先生だね。良かった。」 聞き慣れた可愛いらしい声が私の背中を押した。 振り向くと、白いワンピースを着た1人の女の子が笑いながら立っていた。髪はロン毛でポニーテールにまとまり、風に揺れた髪からは花のような香りが漂う。小学6年生の前川静香だった。私は、以前にも静香の姉を指導したこともあり、姉から、妹の静香にも 「安達先生って、いつも面白いんだよ。」 と毎日話していたらしく、静香から見ると私は面白いお兄さんに見えるらしい。いつものように、静香は、私の腕を掴み、 「さあ、早く中に入ろ。」と私を引っ張っていった。   私は教室の座席に腰を下ろして、右隣りに着席した静香を見た。静香はニコニコしながら、私の顔を見ている。静香はまだ、小学生だが目鼻立ちも子供とは思えないほど整っており、将来は、さぞかし美人になるであろう。私には妖精のような可愛さに思えた。 「静香を抱ける男は幸せだなあ。」 私は、頭の中にまだ見もしていない将来の静香の彼氏に嫉妬していた。 「あー馬鹿馬鹿しい。子供相手に何考えんてんねん。」と、妄想を揉み消しながら、テキストに目を通した。 「さあ、静香。宿題見せて。授業始めるよ。」 私が話し始めた途端に、いきなり静香が、 「あっ!」 と声をあげて、私の方へ寄り掛かってきた。 「先生。ワイシャツの胸ポケットが赤くなってるよ。ケガでもしたんとちゃう?」 静香は、小さくか細い人差し指で私の右のワイシャツのポケットの赤いシミを押さえた。寄り掛かかった際に、静香の顔が私のすぐ目の前にまで乗り出してきた。後ろ髪のポニーテールの束が私の鼻頭に触れた。入口で風に乗って漂ってきた花の香りがした。 「ああ、赤のボールペンのインクが漏れたんや、勿体ない事してしもうたわ。」 私は、右肩に力を入れて静香の寄り掛かかった小さな身体を受け止めた。静香は、納得のいかないような顔をしながら 「ふーん。」 と押し当てた人差し指をグリグリとねじ回し、悪戯っぽく笑いながら、席に戻った。 「先生。誰かにキスでもされたんかと思うたわ。」 こいつ、いきなり何言いだすんだと、最近の女の子はネット社会からか、私の子供時代には無い感覚で話しかけてくることに驚いた。私は静香に、自分はまだ一度も女性とキスした経験が無い事を見透かされた気がして、思わずこう言い返した。 「あほう。こう見えても先生はモテるんやぞ。こんな変なところにキスなんかされへん。バカな事いっとらんと勉強開始や。」 と、自分でもワケわからん受け答えをしてしまった。 「先生、好きな人おるん?」 何故か、静香は悲しそうな顔をして私を見た。 「おる。さあさあ始めるで。」 私は無理矢理な受け答えで、静香の質問をはぐらかした。静香はそれからは黙って授業を受けていた。
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