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おにいちゃんと出逢ったのは、雨上がりの泥濘の中だった。
気温が一度に下がった秋の日。
私が気を失うのと、雨が降り出すのとどちらが先だったかも憶えていない。
雨がやんだ頃、意識が戻った。
ぼろぼろの身体の上に大雨が降ったからか、体温は氷のようだった。
顔を上げることすらできなくて、手足が微かに痙攣しているのが分かる。
あのとき、私は寒いから震えているのではなかった。
寂しくて、悲しくて、でも空が私のかわりにたくさん泣いてしまったから、もう自分の涙を見るのも嫌になったのだ。
行き場のない生きる苦しみが、喉の奥で暴れている。たすけて。助けて。
それは震えにしかならなかった。私は弱い、ただの猫。
──そのとき、そっと掛かる毛布のように優しい声がした。
「大丈夫か?」
雨に洗われて鮮明になった視界に、履き潰したスニーカーが映る。
目が合った。
それだけで心の奥がじんわりとあたたかくなった。
この人なら助けてくれる。
優しい目をしたこの人なら、私を残酷な世界から救い出してくれる。
光は唇からこぼれ落ちた。
「にゃあ」
「……は?」
その人はぽかんとした表情で私を見つめた。
にゃあ? ひとの口から、にゃあ?
それから、我に返ったように首を横に振る。
「立てない、のか」
頷いた私を、その人はため息をついて、ちょっと顔を赤くして、誰もいないのを確認してから、抱き上げてくれた。
私の身体を見下ろして、心配そうに眉を寄せる。
「血が、出てる。走るぞ。掴まって」
タン、タン、足音に合わせて世界が流れていく。
凍えていた身体はやわらかな両腕に包まれて、ぽかぽかと心地良くなってきた。
おにいちゃんを見上げているうちに、私の中はおにいちゃんから伝わってくる優しさでいっぱいになって、毛布にくるまれた赤ちゃんのように、ほっとして泣き疲れて眠ってしまったのだった。
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