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ドライヤーがないから、おにいちゃんがタオルでわしわし拭いてくれた髪。
まだちょっと濡れていて、ぽたぽた畳に水滴が落ちてしまう。
私を抱きかかえたせいで汚れてしまった制服も、「別にいいよ。気にするな」と言ってくれた。
あちこちに巻かれた包帯からは、救急箱のいい匂いがする。
──ゆっくりお風呂に浸かったのは何年ぶりだろう。いつもなら息ができないくらいシャワーを浴びせられて終わりだから。
お風呂にひとりで入るのが怖いの、と目で訴える私に、嘘だろ、という表情で頭を抱えたおにいちゃんは、しばらく廊下を行ったり来たりしていた。
狭くてボロボロのアパート。おにいちゃんはひとりで住んでいるみたい。寂しくないのかな。
ようやくおにいちゃんは一緒にお風呂に入ると決心したらしく、服は着たまま袖をまくって、泥や血で汚れた私にシャワーを浴びせてくれた。
必死に目をそらして、耳まで真っ赤になりながら。
「服、どうしようか。ぶかぶかだと思うけど……なぁ、今いくつ? ……十、四。そんなちっちゃいのか」
トレーナーはぶかぶかで、ズボンを履いていなくても太ももまで隠すことができた。
そうして今、落ち着かない様子でお茶を淹れてきたり、寒くないかと訊ねてきたりしたおにいちゃんは、ふと真剣な表情になって、私の正面に座った。
「……喋れないのか?」
「……にゃあ」
「……それしか言えない、ってこと?」
「……にゃあ」
弱ったな、という風におにいちゃんは頭を掻いた。
難しい顔で考え込んでいたけれど、やがて高校のカバンからノートとペンを取り出して、広げて机の上に置いた。
「俺の話は理解できてるんだよな。言葉は、書けるのか」
おにいちゃんの期待するような視線に押されてペンを取る。
発音のしかたを忘れてしまっても、ひらがなは憶えているけれど。
『──しんじてもらえるか、わからないですけど。』
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