おにいちゃんと猫

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 ──ガタンゴトンと鳴る乗り物に揺られて、遠く離れた田舎を目指した。  誰もいない車内に、やわらかな橙色が硝子(ガラス)をすり抜けてふわりと溶け落ちる。  淡くしみ込んだその光の中で、大きな影と小さな影が寄り添っていた。  小さな影が窓の外に広がるオレンジ色の海を指差す。振り向いて、必死に唇を動かして、うみ! きれい! とはしゃいで笑う。  大きな影は座席に座ったまま、(まぶ)しそうに目を細めて、小さな影を見つめる。それからこちらへ来て、一緒に海を眺める。ああ、綺麗だな。俺たちは、今からあの海の向こうへ行くんだよ。  女の人の穏やかなアナウンスが子守唄のように鼓膜を撫でて、まどろむ私におにいちゃんが肩を貸してくれた。  日向(ひなた)の匂いがする。シャツ越しにあたたかな感覚が伝わってくる。不思議だなぁ。こんなに綺麗であたたかなものを、どうして人間だなんて呼ぶのだろう。ひとは薄汚れて冷たい雨のよう。ひとになるくらいなら、猫になっておにいちゃんとひなたぼっこがしたい。  私たちは、猫になりたいから死ぬんだ。ひとにも神様にも愛想を尽かして、さっさとこの世界を出ていくために。あの美しい海の向こうにある、優しい色をした世界で、おにいちゃんとふたりきりで生きていくために。 『……俺、死んだほうがいいのかな?』  あのとき、おにいちゃんはそう言って、(すが)るように私を見つめた。  見つめ返した瞬間、私の中におにいちゃんのすべてがどっと流れ込んできた。  『仕方ない』と言い訳して押さえつける理性も、あまりに痛くて苦しくて泣きわめきたくなる衝動も、ひとを殺せそうなほどの激しい怒りも。  その痛みに呼応して浮かび上がってくる私の記憶は、まるで走馬灯のようだった。  だから、あぁ、私は死ぬんだ、と思った。私はこの人と一緒に死ぬ。だから出逢ったんだ。冷たい雨に降られたあとの、凍えるような泥濘(ぬかるみ)の中で。 『──いこうよ。いっしょに。ねこになろう。わたし、おにいちゃんと、ふたりだけのせかいへいきたい。ね、いっしょにしのう?』  ぽたりと落ちた私の涙で、インクが(にじ)む。ぼやけて何も見えなくなった。おにいちゃんの指が、涙を優しく拭ってくれる。 『そうだな。行こう。猫になろう』  ふわりと笑ったおにいちゃんも、嬉しそうに切なそうに、涙をこぼした。
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