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父に言われるままに耳を澄ます。由美と母の声が聞こえる。
「由美、大分良くなったね」
「うん。もう少ししたら歩けるようになるかも?」
その言葉が聞こえてきたとき、父は壁を五回叩く。
「ねぇ由美、歩けるようになったら何したい?」
母の声。私は心臓を掴まれたかのように鼓動が速くなる。
「私ね、お姉ちゃんと雪山登山をやり直したいんだ。お姉ちゃんがずっと後悔しているから、今度はしっかりと安全に帰ってくる雪山登山をしたい。また仲良くしたいもの」
私の中でずっと堰き止めていたものが崩れ落ちる。頬に涙が伝うのが分かる。父が私の肩を叩く。
「帰ろうか。由美はね、歩けなくなった日からずっとああ言ってる。もう十分だろう?」
私はうんと頷いた。父は多くを語らず、適当にドライブをしてくれた。私の涙が止むまで何も言わずに車を流した。
その日も街に雪が降り積もる。
由美が私に何かを伝えようとする日はそんな日だ。その晩、私はずっと言えなかった言葉を由美に伝える。
家族の食卓の中、私はゆっくりと口にする。
「由美……、ごめんなさい。謝らなくてごめんなさい。距離を置いてごめんなさい。ごめんなさい……」
つい俯いてしまい、声は尻すぼみになる。ずっとずっと言えなかった言葉。
「お姉ちゃん、私も言えなかった言葉があるの。お姉ちゃん、ありがとうね。危険を省みずに助けを呼んでくれたのはお姉ちゃんだから。だからまた仲良くしてよ」
由美は笑顔で優しくはっきりとそう告げた。私の涙腺はまた崩壊する。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
由美はずっと頑張っていた。きっと私の言葉をずっと待っていた。それなのに……。
「お姉ちゃん、もうごめんなさいはなしで。見て」
由美は車椅子から立ち上がる。
「由美……?」
由美はすぐに態勢を崩して、倒れるところを父に支えられた。
「お姉ちゃん、私必ず歩けるようになるから。またお姉ちゃんと登山に行くから。だからもう後悔やめてね?」
「由美……。待ってる。私待ってる……」
その日も街に雪が降り積もる。由美が私に何かを伝えようとする日はそんな日だ。降り積もる雪もいつかは溶ける。私の中にあった冷たい何かはその日やっと溶け出した。
了
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