降り積もった雪の中で

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月明かりで雪がかなり積もっているのが見てとれた。 私は裏庭に行くと、梯子を上り、屋根の縁の雪を下ろし、足場を作り始める。 作業を始めると、何も考えずにすんだ。 縁の雪を下ろし終え、私は屋根に登る。 ひたすら作業に没頭して何も考えたく無かった、兎に角考えたくない。 私の逸る気持ちは、命綱を屋根のフックにかけるより早く、屋根の上の雪に足を一歩踏み出させた。 「!」 屋根を滑る雪と一緒に体が滑り落ちていく。 私は何の抵抗もせず空中に放り込出される。 一瞬、何かが終わる事への安堵の感覚に、心も体も、空を飛べそうな程、軽くなった。 裏庭に積もった雪の上に足から着地した感覚、頭上に降り落ちる屋根の雪。 気がつけば雪から首が生えた状態になっていた。 呼吸は出来るが体が完全に埋まった。 もし屋根にへばり付こうとしていれば、顔を手で覆い呼吸の為の空間を作っていれば、少なくとも手は雪の外にあったはずだった。 しかし何故か私は何もしなかった。 今の私は両手ごと首の高さまで雪に埋もれ身動きが取れなくなっている。 雪のクッションで落下死は免れたが、このままでは雪に包まれ凍死する。 身体を揺すってみるがびくともしない。 「まあ、いいか……」 現在はだいたい夜中の3時30分位、人が来るとは思えない。 呼ぶ気もおきない。 「はぁ」 思わず吐いたため息が、白い湯気となって長く、尾を引きながら飛んでいく。 呑気に私はもう一度息を吐き出し、湯気の飛距離を伸ばす。 「……」 会社の依頼を受け、図面を書き続けた。 降り積もる雪に身を隠して書き続けた、設計が好きだったから。 それも、もう終る。 多分、私の設計した建築物オタクの城崎は、残念がるかもしれないが……。 気持ち悪い位に、私の設計意図を感じ取り言い当てる城崎。 引くほど、私の設計を好きだと言ってのける城崎。 気づくと私は大きく息を吸っていた。 「助けてー!」 もがくように、腹の底から声を張り上げた。 助かる望みはある。埋まった場所は丁度、座敷牢斜め前に当たる。 「助けてー!」 彼が真夜中に起きる可能性に賭けるしかない。 「たすっ!?」 声を張り上げようとして咳き込んだ。 咳が止んだ後、声がでない。歯の根が噛み合わない程、震えている。 思っている以上に身体が冷えている。 このままでは、私は本当に終わってしまう。このまま雪の中で。 それで良かったはずなのに。 何故か必死に声を絞り出す。 「だ、れか、私を、ここから、た、すけて」 突然目の前が薄暗くなる、と同時に何かの荒い息遣いと雪をかき出す音が響く。 「新田さん!しっかりして!」 城崎の顔が目の前にあった。 必死に私を閉じ込めた雪を素手でかき出している。 城崎の手は瞬く間に真っ赤になる。 玄関にスコップがある事を伝えたいが、歯の根が噛み合わないほどの震えに、上手く声を出せない。 「げ、げ、ん」 「大丈夫!救急車呼びましたから!」 雪の中、救急車は3、40分はかかる。 多分、私はもたない。 そして私の目の前の雪が鮮やかな赤みをおび始めた。 必死に素手を動かして雪をかき出す城崎の手が流血し始めていた。 今一度、私は情報伝達を試みた。 「げげんん、ん」 言葉にならない。 「大丈夫!」 城崎が死にそうなほど息を切らしながら叫んだ。 「貴方を、こんな所で終わらせやしない!」 城崎が血だらけの手の動きを加速させた。 「……」 「泣かないで!」 私は泣いているの? 寒さで顔の感覚が解らない……。 もう直ぐで脇下辺りまで、雪がなくなる。 「助かるから、未来を考えて!私がいい仕事沢山取ってきて!貴方は思う存分設計してください!」 肘の辺り迄、雪が失くなったタイミングで、城崎は私の両脇の下に、自分の両腕を差し入れ、私の背中を抱えながら自分の身体を反らし、後ろに倒れた。 ズボ!雪から抜け出した私の身体が城崎の上に力なくのし掛かる。 私は多分泣いている。 城崎は素早く私を抱えあげ、降り積もった雪の中を行軍する。 私を抱える城崎の足元はよく見ると靴下で雪の中を進んでいる。 服装はジャージの上下に、前をはだけたままに羽織ったダウンジャケット一枚、慌てすぎだ。 初めてあった時も命知らずな格好をしていたが、今回は話にならない。 そんな、話にならない格好で私を抱えたまま雪の中を進む城崎。 私は城崎にしがみつき、気付かれないよう泣き続けた。
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