自分の為?

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私は彼女と微妙に距離を取りながら、無言で家へと連れて歩いた。 距離を詰めると、触れてしまうと逃げてしまいそうな気がしたからだ。 触れられたくない心と警戒心のかたまりの彼女。 私がここに逃げて来た時も、恵子さんは私と距離をとっていた様に思う。 数少ない経験を元に行動しているが、内心震えている。 どう見ても彼女は壊れそうな感じがしたからだ。 彼女は素直に家の中までついて来る。 周りを見るのが怖いのか、ずっとうつ向いている。 彼女にとって周りの全てが自分を責める何かなのだろう。 「お茶入れるから座ってて」 彼女が炬燵に入るのを確認して、私は足早に台所に向かい、ヤカンに水を入れ、火にかけた。 心臓の鼓動が早くなる、私にこれ以上の対処など出来る訳がない。 壊れそうな人間の相手など。 自分はどうだっただろうか、壊れていた様な、いない様な私に、恵子さんはどう接してくれていただろうか。 気ばかり焦って、何も思い出せない。 彼女の様な人が来たら、取り敢えず家に招いて食べさせろと、私も駆けつけるから。 と恵子さんは言っていたが。 その恵子さんが来ない。 私は恵子さんの到着を懇願しながら、沸いて欲しくないヤカンをじっと眺めていた。 彼女の様子を伺いたいが怖くて出来ない。 目が合ったらどうしようとか思ってしまう。 ヤカンの水がコトコト音をたて始めた。 「あれ?前にも似た感じあったな……」 思わず1人ごとを呟いて、思いきって居間にいる彼女の様子を伺った。 相当寒かったのだろう、手足を限界まで炬燵に突っ込んでいる。 私は誰かを思い出し、気づくと微笑んでいた。 少し心が落ち着くのを感じる。 城崎は、いないくても私を助けてくれるようだ。 「お茶に抹茶入れます?」 声をかけたが、彼女は無言でうつむいている。 「入れますね」 私はお茶に抹茶を入れて、彼女に差し出した。 うつむいていた彼女は抹茶の香りに反応した。 湯気にのって香る抹茶の匂いが、彼女の鼻を刺激する。 彼女は顔を湯飲みに近づけて匂いを嗅いで一口飲んだ。 ほっとしたのもつかの間、血の気が引くのを感じた。 彼女の右頬の髪に隠れた部分のアザが見え隠れしていたのだ。 私は目をそらして、逃げる様に台所に引き換えした。 心臓の鼓動が早くなる。 彼女のアザが殴られたものかは解らない、しかし、暴力を連想させるには十分だった。 暴力的な一面を目の当たりにするのは、私にはまだ無理だ。 暴力は物理的なものだけじゃ無い、言葉も環境も暴力になる。 私にとって第3者設計部がそうだった。 「みのりちゃん、ごめん、遅くなった!」 玄関から恵子さんの、元気な声が響くと同時に私は玄関に走り出していた。 「いやーごめん、スノーモービルの鍵、探してて、膝も痛いし」 そう言いながら、86歳の恵子さんは、玄関に座り込んで靴を脱ぎ始めた。 私は急かしたい気持ちを必死におさえながら靴を脱ぐのを待った。 膝を庇いながら立ち上がる恵子さんを、ここぞとばかりに手助けして、私はピッタリと体を寄せる。 私より小柄で、華奢な恵子さんの体と体温は私を落ち着かせた。 心臓の鼓動が大人しくなっていく。 300m離れた唯一の隣人、吉田 恵子さん、亡き祖母、新田 奈津の友人、恵子さん。 私が、ここに逃げて来た時、雪の中、家の前で迎えてくれた。 今でもハッキリ覚えてる。
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